初出:日経BP社、日経アーキテクチュア

6.足場パイプ構造の誘惑

本設計いよいよ開始。

「カタマリには下屋」の鉄則に気づく教授。

建築と彫刻の絶対的違いにウンチクを傾け,

岡本太郎とフンデルトワッサーをけっとばす。


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・・左手に酒倉,右手に醸造場,中を取り持つ新築計画。

新築計画の部分は,敷地全体を部屋に見立てるなら,

“床の間”にあたる。“床の間”らしく,

凝ったつくりになりそうである・・





・・構造・工法についての最初のスケッチ。

中央右図は木造平屋建て,

左上図はRC造二階建ての場合。

ともに,構造と離して足場パイプを組み,

その外側に土を盛り上げるつもり。

下図は別のプロジェクト〈漆の里〉の図・・





・・足場パイプ構造による土マンジュウの断面スケッチ。

配置図決定(7月11日付の図)よりも

前の最初の段階では,

このようなダルマさん的土マンジュウを考えていた・・

新築部分の立面と平面が固まった。後に手直しするが,大筋は変わらない。大嶋君が工場の建物を実測し,土地測量図に落として作った配置図が送られてきたので,そこにおおよそ固まった平面を描き込んでみた。
 描き込まれた配置図はなかなかいい表情をしているではないか。中央に新築部分,左手に酒倉,右手に醸造場,と予定通りに並ぶのだが,どこがなかなかいいかというと,酒倉と醸造場のバラバラな感じがいい。酒倉は6.5間×6間,醸造場は5間×9間と,それぞれが敷地の形状の必要に応じて,場当たりで決められているのだが,意図の欠けたその寸法と形状がいい。しかし,平行配置になっているのは気に入らなくて,醸造場の方がちょっと向きをズラしていてくれたら最高だったが,あきらめよう。

 誰にでも好みの配置計画というものがあると思うが,私の場合は,ちょっと間抜けな感じが好みだ。完全にグリッドに乗せるとか,決まったタテヨコ比にするとか,形と寸法にルールを決めてそのルールをすみずみまでおよぼすようなのは嫌だ。なんだか息苦しい。
 コルビュジエがモデュロールを決め,それに習って日本でも戦後モダニズムのリーダーたちは自分のモデュールを決めて使っているが,ああした情熱はどっから湧いて出たんだろうか。モデュールで一番ガンバッタのは池辺陽で,その高度な数式によるモデュールを大学院の授業で教えられた時,これは自己目的化してるナ,と思った。こんなことに回すエネルギーがあったらもっとほかのことに……。
 モダニズムが誕生の時にお世話になった科学主義,合理主義が,モデュール重視をもたらし,さらに自己目的化の段階に突入したにちがいないが,建築は基本的には現場での一品生産であり,そこにしか建築ならではの魅力はないわけで,それを内側から否定するような寸法体系重視はやめたほうがいい。大量生産用に発達した寸法体系は,現代の建築には不可欠ではあるけれども,必要悪と思ったらいい。魅力があるとしたら,それは悪人の魅力。

 ちょっと間抜けで,ホコロビのあるような配置計画が好みなのだが,しかし,ゴチャゴチャしてるのも好きではない。アナーキーは若い頃は引かれたりもしたが,今はちょっとどうも,あれはあれでそうとうに意図的でクサイ。アナーキーと秩序の間の塀の上を,どっちにも落ちずに歩くようなのが一番と思っている。
 中央の対称形で搭状の新築部分には秩序感を,左右のバラバラの二つの既存建物には間抜け感を託している。中央部の秩序感がやや強すぎるきらいもするが,そしてこの点は後で修正するだろうが,おおすじ配置図はいい表情に納まった。立面も描かれている配置図の記載によると,1998年7月11日のこと。
 つづいて構造について。配置や平面や立面にくらべ,構造はたいへんだった。方向が出るまで有為転変をよぎなくされた。後の方で具体的に述べるが,ある一つの構造を思いつき,「このやり方はトンデモナイトコロまでゆけるゾ」なんて,夢見たこともあった。
 構造をどうするかは,ごく最初から考えている。諸条件が決まって具体的計画に入る前の,敷地も規模も分からない段階での土マンジュウ状のスケッチを第二回目に載せたが,あの時から構造については気に掛けていた。
 私は,構造というものに深い関心はなくて,構造的に新しい試みをして新しい表現を生もうという構造表現主義からはそうとう遠い立場なのだが,土マンジュウ化するには,表面の土を裏からどう支えるかという問題が生じ,構造について考えざるを得ないのだ。
 最初,木造の外側に,斜めにハカマ状に波板スレートをたてかけ,その外に30センチ厚ほど土を盛ろうと考えた。スレート板と木構造との間のスキ間を換気すれば,土の湿気を木構造から遠ざけることができる。
 恥ずかしながら,こんなレベルから今回の構造・工法はスタートしている。
 一番気にしているのは,構造体に湿気を近づけないこと。木造でなくても,構造体のなかに湿気を入れないことは,土や植物を建物に取り込む場合に不可欠の条件となる。構造体の中に入った湿気は,木造の場合はシロアリを呼んで柱の腐朽の原因になるし,コンクリートの場合でも,やがて室内に放出されて湿度を高める。
 さて,波板スレートのハカマだが,一階の場合は木造構造体から突き出すサポートで支えるつもりだったが,二階建てになって構造をRC造にした時,二階分の高さを構造体からのサポートだけで支えるのは無理があり,波板スレートを何か地上から立ち上がる準構造体に取り付けなければならない,と考えた。そして,その準構造体として足場パイプを思い付いた。

 それが5月22日付のスケッチ。よほどうれしかったらしく,
 「足場パイプ good!! 考えれば成るのだ」
 「このやり方はトンデモナイトコにまでゆけるゾ」
 などとメモして舞い上がっている。
 足場パイプが浮かんできたのは,今にして思うと伏線があって,ニラ・ハウス(赤瀬川邸)の時,斜面に張り出すテラスをどう支えるかという問題が起こり,私が足場パイプを思い付き,大嶋君が建設見本市へ行って,とてもいいパイプを探してきた。使ってみると,小さな清水舞台のように組み上がり,うまくいった。この経験が,思わず知らず顔を出したのだろう。
 足場パイプなら,安いし,強いし,軽いし,サビもそうは来ないだろう,と踏んだのである。私の場合,前に小さく試してうまくいった工夫を,次々に大規模に展開して成功するというパターンがあり,パイプ足場もきっとこのパターンに……。
 足場パイプを思い付いたスケッチの左上方に
 「龍岡式の土留工法の利用」
 とメモしてあるが,これは何か。建築界では私しか知らない(にちがいない)面白い工法なのでちょっと説明しよう。知っておくと,何かのおりかならず役に立つ。工事現場であなたの生命を救わないとはかぎらない。
 土木工学者の龍岡文夫先生の発明した土留めの工法で,土をごく薄く急斜面に盛ることができるのが特徴。たとえばほぼ垂直に等しいようなコンクリートの壁があって,その表側に土を盛るとしよう。なにも工夫せずにパワーシャベルでどんどん土を盛ると,傾斜はほぼ45度になる。45度というのが自然な土盛りの限界値なのだが,これ以上急にして土を少なくするには工夫が必要になる。
 誰でも考えるのは,表面を突き固めたり,ムシロなんかを押しつけたり,草を植えたりだろう。しかし,こうした表面の強化は,基本的には役に立たない。雨水が土中にしみ込んだり,上に何かが載ったりして垂直荷重が増加したとたん,土の層は内側から外に押し出す内圧によって膨らみ,やがてもろくも崩れてしまう。
 土留め,土盛りの最大の弱点は水平に外に向かう内圧なのだが,龍岡先生はこの内圧をあれこれ計測して意外に小さいことに気づいた。ごく小さいらしい。にもかかわらず,盛り上げられた土には,内から外に膨らもうとする動きを引き止める力がほとんどない。土は圧縮には強いが,引っ張り強度はゼロ同然。だから,膨らんでそして崩れることになる。
 ということは,土のなかに少し引っ張る作用をするものを入れてやればいい。そう,ネットとか透水シートとか簡単なものをところどころに敷き込めばいい。龍岡先生は,この方法で実験をして,うまくゆくことを確認した。現在では,急傾斜の崖の途中に鉄道を敷く時,龍岡工法を使い,線路巾の急傾斜の土盛りを地面からなんと高さ数十メートルも盛り上げて,その上を列車が立派に走っている。
 ほとんど垂直の土盛りでも,わずかな引っ張り材をところどころに敷き込むだけで,崩れはしないのである。
 ニラ・ハウスでは,ガードレールを土でくるみ,表面に芝を植え,土マンジュウ化する時,龍岡工法を利用し,うまくいった。
 ニラ・ハウスでの小規模の成功を大規模化し,大島でやってみようと考えた。土留めの工法だから,土の厚さは30センチくらいを想定している。龍岡工法を使えば,30センチの厚さの土を,そうとうの急傾斜でも二階分の高さ5,6メートルまで盛り上げるなんてラクにできる。
 木造もしくはRC造の外側に,足場パイプをハカマ状に立てかけ,その外側に龍岡工法で土を盛り草を植える──これが,今度の仕事の,構造と工法のスタート地点となる。

 5月22日にこのスタート地点をスケッチし,そして翌日から改良,修正を重ねる。スタート地点では,建物の構造は木造かRC造かで,足場パイプは土盛りのサポート用だけにしか考えていなかったが,いっそ全部“足場パイプで作ればどうか”と思いついた。
 足場パイプの本建築
 ──このアイディアは,多くの建築家が一度は考え,思いついた時は自分一人の発明と思い込んだにちがいない。私もそうで,この落とし穴にハマッテしまった。
 新しい構造を工夫して新しい表現をすることに興味がない,はずなのにどうして足場パイプ構造にハマッテしまったのか。それは足場パイプがローテクだからにちがいない。私が,構造に関心がないという時,それはハイテクの構造を指している。ローテクは表現のみならず構造・工法の領分でも好きなのである。
 現代の日本の建設がらみの諸技術でローテク競争をするなら,足場パイプが優勝するにちがいない。オリンピックを開いても足場が断然金メダル。

 少し前まで現役で,今でも田舎なんかだと生き残っている杉丸太の足場,あれはローテクの輝く星だった。私の子供の頃は,針金は高価だから,縄でしばっていた。杉丸太を縄でしばる──この足場技術は,平安時代の絵に描かれているし,さらにさかのぼれば,縄文時代まで行き着く。垂直の材と水平の材を固定する技術として,一番古いのが縄でしばることなのだ。
 構造部材の固定の技術は,からめる(旧石器時代)→しばる(石器時代)→加工して組む(鉄器時代)→鉄材でつなぐ(産業革命)→溶接(現代),と発達して来た。
 からめる,しばることが原点。杉丸太の足場は,この原点をえいえい何千年も伝えてきたわけで,由緒の深い貴い存在なのである。
 建物本体の技術は,石器時代から鉄器時代,産業革命,現代,と文明の発達に応じて進歩してきたのに,なぜか足場は原点に固執してきた。私は建設技術のなかにおけるこういう重層性といいますか,古いものも新しいものもゴチャゴチャに共存しているところがたまらなくいいと思っている。高度な溶接工から掃除のオジサン,オバサンまで一緒に働く建設現場がいいと考えている。これが,他の分野の現代技術,現代生産とは一線を画す建築のすばらしさだと感じている。
 杉丸太は鉄パイプへと変わり,縄は針金を経てクランプへと変わったけれど,簡単に組めて簡単にはずせるところは,やはり,しばる技術の子孫の名に恥じないローテクの王なのである。

 足場パイプを骨組とする土マンジュウを思いついて,これで自分らしい仕事になる,と確信した。
 5月27日付のスケッチでは,
 「理念確立 単管の内・外にヒマクとして自然と自然素材を」
 「中空部分は環境調整帯」
 と銘記している。単管(足場パイプ)で構造を組み立て,その外側の表面には植物を,内側の表面には板とか漆喰のような自然素材を皮膜として取り付け,内外の間は除湿,断熱,換気のような環境調整に使おう,というのである。
 なお,この銘記付のスケッチの左手に,頭から怒気を吐く土マンジュウが描かれているが,これは私ら世代には懐かしいヒョータンツギ。
 1998年5月,足場パイプ路線を歩きはじめ,ここからおよそ一年間,構造耐力の問題,土・植物の取り付けの問題に苦労することになる。そして,結局……。
 以下次回。