初出:日経BP社、日経アーキテクチュア

14.縄文建築団,木と格闘!

教授の指揮のもと,素人施工集団が動き始めた。
材料の調合,下地塗り,漆喰塗りと進んだ左官工事は,
自分たちで塗った壁面を引っ掻くという“荒技”で完了する。






・・一人クサビを削る赤瀬川原平氏
(写真:大嶋 信道)・・












・・ロフトの梁に打ち込まれたクサビの柵
(写真:藤森 照信)・・












・・カウンターのチキリ (写真:藤森 照信)・・

 縄文建築団の木との格闘について述べたい。
 今回の仕事は,鉄筋コンクリート造に石や草を取りつけるのが基本だから,木の出番は少ないのだが,それでも,室内のロフトとそれを支える柱は木だし,室外では草植えピラミッドの管理用足場の踏板も木。これらはすべて木でなくてもできるのだが,結局,木を使っている。土や石や漆喰や草で仕上げられた中心的空間に,二次的部位として木が加えられると,お互いに引き立て合ってとてもいい表情になる。土は柔らかい面として広がり,石は硬い塊として座し,木はほどほど柔らかくほどほど硬い線として走る。ふつう木の建築というと木ばっかりになるが,木を木らしく見せるには土や石や漆喰と組みで使った方がずっと効果的だ。こんなことは森に行ってみればすぐ分かることで,土と石でできた大地の上に木は生えている。
 今回,縄文建築団の取り組む相手の木は,第8回に述べたように,信州産のクリ材で,大工さんによってすでにロフトは組み立てられているが,さらにシロートが手を加えて仕上げるのである。

 すでに柱もカウンターもロフトの床も階段もできているのに何をする必要があるかというと,まず,1ヵ所,決めてないところを作らないといけない。それはロフトの手すり。手すりについては,鉄を鉄工所でたたいてもらうか,それとも同じクリ材を加工して使うか迷っていて,結局,縄文建築団の日まで来てしまったのだった。
 しかし,団長の頭にまったくアテもなかったというわけではない。“あの人のあれを前面に出してみようか”と考えてはいた。
 思い起こせばニラ・ハウスの初シロート工事のとき,アトリエの中心に立つクリの独立柱の上方にランプ支持用の枝を差し込む高所作業を団長はしていた。枝をホゾ穴にがっちり固定するためクサビが必要になり,たまたま下で見上げていた施主に,「高所作業で身動きならんから大嶋君に,これこれの寸法のクサビをだれかが作るよう伝えてほしい」と言うと,伝えに行ったらしく,しばらくすると戻ってきて,一つのクサビを渡して寄こす。団長は驚いた。ちゃんとした正規のクサビになっている。クサビのポイントは頭の部分の角の仕上げで,面を取らないとたたいたとき角が欠けてしまう。だれが作ったのか聞くと,作ったのは施主本人で,“そのくらい私も知ってる”とうれしそうに笑う。田舎で育ったわけでもないのに,どこで覚えたんだろう。
 以来,秋野不矩美術館のときは沿路の棚の手すり板の固定用に数十本,ザ・フォーラムでは丸太削り階段の取っ手用に10本ほど作ってもらった。
 赤瀬川さんに,ふつうより長い45センチほどのクサビを作ってもらい,それをロフトの縁の梁材の上にズラリと打ち込んだら手すり代わりになりはしないか。手すりというより落ちないための目印,柵といった風情だが,階段のように実際に手をするわけでも寄りかかるわけでもないからかまわない。階段はともかく,それ以外の手すりで一番目障りなのは水平の手すり本体,と日ごろ思っている建築家は多いのじゃあるまいか。あの水平線のせいで,空間が分断されてしまう。それも神経質に。杭のように並ぶだけならそれは防げる。
 当日,皆に遅れて昼前に現れた赤瀬川原平さんにクサビの1件を話すと,そんなこともあろうかとナタとマタギ刀を持ってきてくれていた。
 4センチ厚のクリの板を,ほぼ4センチの間隔でナタで割り,それを1本1本ナタで荒削りし,マタギ刀で面をとって仕上げる。一番面倒なのは先端部の削りで,梁材のホゾ穴のなかにいい具合に入り込まなくてはならない。ちょっときつめだが,たたき込むとギュウと締まるていど。ホゾは径3センチの穴をドリルで掘り込むから,同じ穴の見本を用意し,それで試しながら仕上げる。
 打ち合わせを終えて,他の部署に行き,時々,赤瀬川さんの方を見ると,その作業光景がとても懐かしくてならない。昔,信州では,冬が近づくと,庭先を少し掘り下げ,その上にワラで小屋掛けし,冬の間中,日だまりのなかにおじいさんが一人座り,ワラを叩いて,ナワをなったりムシロを編んでいた。縄文建築団の作業各グループは,事故を防ぐため,できるだけ離すようにしているから,一人仕事の赤瀬川さんだけは,野外じゃなくて下屋の屋根の下でクサビ作りに精を出している。ビール箱に前かがみに座り,左手でクリ材を押さえ,右手のナタで打つ。戦後アバンギャルド芸術の旗手の一人として知られた赤瀬川さんも,もう63になる。
 2時間ほどしてから,ちょっと寄り,様子をきくと,長いぶんだけ大変だという。長さを2倍にすると体積は8倍になる。
 1時間やって2本がせいぜい。
 仕上がったのを見せてもらうと,いつもながらにすばらしい。ふつうクサビは表面をきれいに平らに仕上げるものだが,赤瀬川流はちがって,クリの板から割り出したときの割り肌の凹凸を適当に残しながら,先の方を細くするとか面をとるとかの削らなければならないところだけに限ってサックサックと削り落としている。だから,全体の形が曲がり気味のもあれば,頭の形が台形にゆがむもの,割れ肌が大きくえぐれるものなどさまざまなのだが,しかしいずれも,先の方はキュウと絞られ同じ径に収束している。そのあたりの調子がまことによろしいのである。握ってみると,使うのがおしいような気になる。置き物にしてもいいようなおもむきがある。亜鉛ドブ漬けのボルトや和釘を手にしたときに重さとともに伝わってくるあの独立した存在感がクサビにもある。建築の部材で,単品としても眺められるものなんてそうあるもんじゃない。
 クサビ製作は見通しがついたから,翌日の一番,ロフトのクリの梁材にドリルで穴をあける作業を阪本章弘さんにお願いする。阪本さんは,自然塩作りをもう24年もしていて,その間,さまざまな製塩施設を手作りし,今はフラードームを自力建設中。工作道具は整えているし,腕も立つ。ただどうしてもヘルメットをかぶってくれない。顔に工事キズが2カ所もあり建設現場のリスクを体で知っているのに,野球帽ですます。
 穴を開ける間隔をどうするかと聞かれ,鉛筆で梁の上に,壁に近いところだけは間隔を狭めて適当に印を付けた。どうして壁に近いところを狭くするかと聞くから,“並びが締まって見えるから”と答えると,えらく感心してくれる。阪本さんはこれまで大工と一緒に仕事したこともあるが,藤森流の方が作業がずっと楽しいし仕上がりも自分の好みに合っているという。最初はただ適当にやっているように見えたが,どうもそれはちがうと思い,どのあたりに藤森流のヒミツがあるかとにらんでいたが,このしるしの付け方で分かったというのである。
 全体としては適当にしながらも締めるところは締める。
 阪本さんに穴あけをお願いしてから,最終的に必要なクサビの数を赤瀬川さんのところに伝えに行くと,思わぬ言葉が発せられた。「少しあきた。他の仕事もしてみたい」。たしかに,秋野不矩美術館では3日,ザ・フォーラムでは2日,ここでは2日の都合6日,クサビばっかりなのである。クサビ作りは一休みして左官隊に加わってもらう。

 手すりの手作りと並行して,ロフトでは二つの補修的作業が行われていた。
 一つは,床や梁や階段のクリ材へのサンダーがけ。縄文団が入る前の段階での工事中の養生が十分ではなかったらしく,セメント分の混ざった水分がクリにしみて,強いアクが出てしまった。クリはふつうの水でもアクが出るが,セメントのアルカリ分に接するとコゲ茶色に発色する。もともと,製材したままでカンナ仕上げをせずに使っているから,サンダーをかけても仕上げ肌としては似たようなものだが,同じザラザラでもノコギリの目の平行の跡の方が好きだ。
 手のあきはじめた左官隊にやってもらうのだが,狭いとはいえ4畳ほどのロフトの全面に平サンダーをかけるのは時間がかかる。積極的な仕事というより後始末的な作業だから志気は上がらないが,仕方がない。
 ロフトでのもう一つの補修的作業は,ロフトを支えるクリの独立柱の美容整形。寝かしていたときは思わなかったが,実際に立ててロフトを組み終え,見上げてみると,上方の二股になりかけたところが太すぎる。微妙なプロポーションは気にかけないようにしている団長の目にも,あまりに太い。
 で,チェーンソーと曲面カンナで美容整形することにしたのだが,二股になりかけた感じを残したまま,その辺を全体として細めにしたい。高所でチェーンソーを振って木の一部をえぐるような作業は腕を必要とする。阪本さんしかいない。
 こう書きながら,大嶋が記録してくれた作業表を見ると,阪本さんは,縄文団が1泊2日で嵐のように帰った後もあれこれやってくれて,実に12日間も腕を振るってくれた。他のメンバーを数えてみると,団長が10日,事務局長(大嶋)が12日,施主が12日だから,事務局長,施主とならんで尽力してくれたわけである。
 阪本さんがチェーンソーで大きく削り落とし,えぐった後,団長が曲面カンナをかける。団長は曲面カンナをいたく気に入っていて,他人にはやらせたくないのだ。シロートにいちばん向いたプロ用工具だと思っている。4万円也でリョービのを入手し(マキタも出しています),ことあるたびに宅配便で送っては使う。クリ材の自力加工のところ(第9回)でふれたように,もともとはチョーナの代用に使いはじめたのだが,今ではチョーナよりいい仕上げと考えている。
 どこがいいか。バリバリバリ……音もいいが,それ以上に,凹凸をチョーナよりずっと目立たせることができる。もちろんずっと目立たないようにもできるのだが,目立たせる方向でもっぱら使う。チョーナのハツリの刃跡は,目視できるのはせいぜい高さ1階分くらいで,それ以上になると,せっかくのハツリもツルッと見え,手の跡が消えてしまう。左甚五郎の龍の彫り方の話と同じ。私のこれまでの乱暴な木材仕上げの経験によると,龍を蛇に見せないためには,1階までならチョーナ,2階までは曲面カンナ,3,4階はチェーンソー,5階以上はあきらめるかもしくは削岩機でやってみる,というのが正解なのだ。

 クサビで手すりを作り,木についた汚れをサンダーで落とし,柱に美容整形をほどこし,これでほとんど木の仕事については書き終えたと思いつつも,何か忘れているような気がする。もう一つ縄文建築団の仕事があったはず。
 仕事よりは人で思い出すことができた。縄文建築団加工精度ナンバーワンの徳正寺用の仕事が一つある。徳正寺住職の秋野等・井上章子夫妻は,法事があって皆と一緒は無理で,1月後に来てくれた。その仕事というのはカウンターの“チキリ”。どういう字を書くのか知らないが,板の割れ目に入れて,それ以上広がるのを防ぐチョーチョ形の木片。
 チキリを入れる技法は中国でも欧米でも見たことはないから,もしかしたら日本独自に発達したものかもしれない。それも,大工仕事では例を知らず,もっぱら家具調度の類で目にするから,おそらく家具職人の間で育てられてきた技法じゃあるまいか。
 ジョージ・ナカシマのテーブルには,とりわけ名作として知られるものにはきまって入っており,一つの見所になっている。アメリカではおそらく日本的なデザインとして通っているんだろう。イサム・ノグチの“あかり”の下にジョージ・ナカシマのチキリ付きのテーブルを置いて……。
 チキリの威力はすごいもので,ザ・フォーラムのとき,厚さ5センチのイタヤカエデの厚板の走りはじめた割れ目に入れてみたら,キッチリと押さえてくれた。広がろうとする割れ目,両岸にかかる橋のようにして引っぱるチキリ。力と力のせめぎあいが,チキリによって見えてくる。
 力のせめぎあいの可視化のためには割れ目はあるていど広がっていた方がいいし,チキリは板の面より少し盛り上がっていた方が力強い。かつ,ぴったりとすき間なく入れないと利かない。こういう精度の高い仕事のできるのは,縄文建築団のなかでも秋野さんしかいない。
 1月後,チキリ用のチークの小片を携えてやってきた秋野さんは,手ぎわよくノミでチョーチョ形の溝を彫り,チークを溝の形とピッタリに削り出し,ボンドを塗り,トントンと木づちでたたき込んで一丁上がり。カウンターの両端に二つずつ,計四つ入れたが,これが入るとクリのカウンターがギュッと締まって見える。
ホーム