日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
空調服を使ってみたぞ。
11/Aug.2019 [Sun] 17:52
暑さもとんでもないことになっているけれど
仕事場にはいまだにクーラーがない。
広いのと、建屋が隙間だらけなので電気代が相当、掛かるだろう。
まあそんなことで、毎年、暑くても我慢をしながら仕事をしてきた。
小型の器械にダクトが付いていて、そこから冷風が出るという
スポットクーラーというのがあってこれは良いかもしれない、
と思っていたけれど、座って仕事をするわけではなく
動き回るので、これもうまくない。
と、そこに、「空調服」というものがあるらしい、という話を読んだ。
服の背中にファンが付いていて、そこから空気が送り込まれるという。
去年、酒造組合の総会があったときに、隣の工事現場で働くお兄さんが
この空調服を着ているのを見かけた。
ビルを建てるための現場で、中は相当暑いはずだけれど、この服を着て仕事をしているのを眺めて、良いらしいことがわかった。

それで暑くなってきて、どうにも仕事が進まなくなってきたので
ネットで調べて買ってみることにした。
ところがたいていのショップではすでに「売り切れ」の状態で
こりゃ、今年もダメかなあ、と諦めかけた。
買おうと思っていたのは長袖のタイプで、これは売り切れているけれど
考え方を変えて、ベストタイプのものなら、在庫もあるらしい。
そうか。
それなら、ベストを一枚買って試してみようということになった。
早速注文をしてみた。
楽しみだなあ。
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春の萌える日。
25/Feb.2019 [Mon] 17:17
今年は焼酎を造っているときに
(ずいぶん耳が聞こえなくなったなあ)
と自分のことを想った。
工場の中は様々な機械音がしていて、それに阻まれて
音が聞こえにくいということもあるけれど
それにしても耳鳴りがひどくなってしまった。
きーん、という音と共に、目覚まし時計の目覚まし音とでもいうのだろうか
そんな音もずっと聞こえている。
歳を取って、そんな音とも付き合うことになったのか、
と自分のことを想った。
先日、耳鼻咽喉科に、別の用で出かけたときに、
この耳鳴りのことも先生に訊いてみた。
それなら、ということで電話ボックスのような四角い箱の中に入れられて
ヘッドホンの音に耳を澄ます検査をしてもらった。
ヘッドホンをすると、自分の耳鳴りの音が激しくて、しばらくは
その検査音を聞き取ることができなかった。
それで判ったことは、老化で耳が遠くなったわけではなくて
ある一定の周波数だけが聞こえなくなっているということだった。
「音楽か何かの仕事をしていますか?」
と先生に訊かれた。
そうではなくて、工場の中の轟音をいつも耳にしていて
こういうふうになったのではないか? という結論になった。
薬を出してもらい、それを飲むことで、耳の神経にまで血が通うようになるのだそうだ。
耳鳴りの薬というのもあり、それも出された。
さらに舌の裏側が腫れあがって、(これが耳鼻咽喉科に出かけた本当の目的だった)その薬も出してもらい、合計六種類もの薬を飲むことになった。
舌はこれだけ腫れると癌の心配も出てきて、血液検査に加えて、MRIの写真も撮ることになってしまった。
どうしてこんなことになったのか、自分では原因がわかっている。
首の筋が張っていて、この凝りが舌を腫れさせているのである。
だから癌ではないと思うけれど、タレントの女性が同じような症状で癌になったこともあり、
「まあ検査だけはきちんとしておきましょう」
ということになったのだ。
美味しい焼酎を造ることは本当に身を削る作業で、自分のすべてを出し切らないと旨いものができない。
適当ということはできないので、どうしてもこうなってしまう。
耳はなるべく保護をするようにすればいいけれど、舌が腫れあがるのは毎年のことで、これもどうにかしたいと思っていた。
うーん、またこんな話になってしまった。
舌の腫れは昼ごはんを食べたら、腫れたところが破れて血が出てきた。
それで少し楽になったけれど、貰った薬ですぐに腫れが引いたので
感心した。
ふだんまったく薬を飲まないので、よく効く。
同級生は高血圧だのメタボだの、そんな薬を飲むらしいけれど、冬の厳しい焼酎造りのおかげで、そういうこととは縁遠い身体になっている。
耳鳴りの薬はまだ効いてこず、きーんという音が聞こえている。
ドナルドキーンさんが亡くなって、昔、不忍池のほとりでよくすれ違った。
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逃げなくてもいいよ。
27/Dec.2018 [Thu] 17:22
工場から出てくると、カラスが一羽、水桶のふちに降り立った。
羽根の音がバサッとして、
振り向くとすぐそばにそのカラスがいた。
こいつにはいつも話しかけている。
近くに来ると、
「おい? 元気か?」
と声を掛ける。
逃げる素振りを見せると
「逃げなくても良いよ。今日はどんなだった?」
と声を掛ける。
けっこう大きな声で、人が見たらあいつ誰に喋っているんだろう?
と思われることだろう。
カラスはそのあいだ首を傾げて、ぼくの声を聞いているらしい。
逃げないどころか、一歩寄って来たりもする。
それで今日は、工場から出てくると、どこで待っていたのか
ぼくのそばまで飛んできてくれた、というわけだった。
カラスは殺気に敏感で、
(この野郎)
と思っただけで、すぐに逃げる。
逆に
(逃げなくても良いよ、何にもしないから)
という平穏な心でいれば、逃げない。
それで声を掛けていたら、近くまで寄ってきてくれた。
嬉しいなあ。
おまえさんと友達になれたら、きっと楽しいことだろう。
人間は悪い人もいるけれど、動物は悪い目をしない。
鋭い眼と悪い眼はちがう。
悪意のない動物と一緒にいると、自分も楽しくなる。
明日はもっと近くまで来てくれたら良いなあ。
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蜘蛛のように?
07/Dec.2018 [Fri] 7:33
焼酎の仕込みが始まって、もう一月が経った。
麹菌が身体に入って、苦しい日々が続いている。
なんとかならないものか、と思うけれど、これがどうにもならない。
麹を造らなければ、焼酎の仕込みが成り立たないわけで
しかしこれを造ると身体が悲鳴を上げる。
というわけで、なるべく本数を減らして、と思うけれど
焼酎も売れるわけで、そうもいかない。
まあ、どうやっても苦しいわけだ。
えーとね、そんな話を書こうとしたのかどうか、
そんな苦しい話を書いたところで誰も読みたくはないだろう。
なにかもっと楽しい話しがあったのではないか?
そう、心躍るような楽しい話があって、それを伝えたいと思って
これを書き始めたのではなかったか?
そうだ、蜘蛛の話を書こうと思っていたのだ。
毎年、秋が深まると、蜘蛛が巣を張って、虫を捕る光景を
よく目にする。
しかし冬が始まると、その蜘蛛もどこかにいなくなってしまう。
いったいどこに行くのか? と思っていた。
そう思っていたら今年は家の窓と並行するように蜘蛛が巣を張った。
それなら、毎日観察できるし、これはいいな、と思っていたのだ。
しかし、麹を造るのに必死になって、そうなると工場に泊り込む日も
多くなってくる。
昨日久しぶりに家に帰ってきたら、蜘蛛はどこかに姿を消して
破れた巣だけが、窓の外に見えた。
今年もどこに行ったのか、わからないまま、冬が始まったというわけである。
今日はお寺で父の一周忌の法要があって、お経本をめくっていたら
「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」
という文言が目に飛び込んできた。
生と死を明らかにするのが、われわれ人間の一大事である、
と言っているのではないか?  と勝手に考えた。
ぼくにはわからないことが多くある。
秋が深まって蜘蛛がどこに行くのかということも知らないし、
生と死のこともわからない。
これを明らかにすることが一大事だと、お経本に書いてあるのは
本当にその通りだと思うのだ。
しかし、それを教えてくれる人がいるのか、というとどこにもいない。
お坊さんに訊いてもわからない、と思うので訊いたことがない。
蜘蛛がどこに行くのか、これも調べれば良いのかもしれない
けれど、自分でわかりたいのである。
この世は謎に満ちていてわからないこともたくさんある。
仕事がすなわち苦しみである、ということだって、
実に因縁に満ちた話であるわけで、どうすることも出来ない。
そうか、こういうことが書きたかったんだね、と自分を想った。
わからないことをずっと心に秘めたまま
そのうち自分も姿を消してしまうことだろう。
蜘蛛のように?
そう蜘蛛のように。
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つぼに入ってしまったんですね。
19/Nov.2018 [Mon] 17:03
お風呂を沸かすと、地響きのような音がして
ボイラーが点いたり消えたりを繰り返している。
そこで、その会社に電話をしてみると
丁寧なお姉さんが出て、対応をしてくれた。
この会社は大島にはないので
東京の練馬営業所まで電話をすることになっている。
「ボイラーを点けると異音がするんですよ。
あっ、今とうとうエラーになってしまいました」
ぼくはそう言って窓を開けた。
ギイーっ、という音がした。
お姉さんはその音に反応して
「今の音がそのボイラーの音ですか?」
と言った。
「いいえ、今のは窓の音です」
ぼくがそう言うとお姉さんは可笑しそうに
「ハハハ」
と笑った。
ぼくはお風呂が沸かないと困るのだけれど
やっぱり笑った。
お姉さんはつぼに入ってしまったのか
それからしばらく笑っていた。

「そのエラー番号だと、給油に問題があるようですね。
灯油はタンクに入っていますか?」
お姉さんはハキハキとした感じの良い喋り方でそう言った。
感じが良いだけではなくて、聞いていると楽しくなるような喋り方なので
いつもこの人の声を聞くとぼくは感心してしまう。
どこかで訓練もしたのかもしれないけれど
自分でも喋ることに関心があって工夫しているのかもしれない。
「灯油は入っていますね」
ぼくは開けた窓を閉めて、そう言った。
またギュルるる、という音がした。
お姉さんは今度は何も言わなかったけれど
笑いをこらえているらしい気配が電話の向こうから伝わってきた。
しばらく沈黙が続いた。
結局、原因はすぐにはわからないということで
修理担当の人が電話をくれることになった。
それだけのことだけれど、このことが忘れられなくて
ずっと覚えている。

それから二週間経って、結局ボイラーが点かなくなってしまったので
修理の人が東京から来てくれることになった。
それでその人に営業所のお姉さんの喋り方がすごく感じが良いのは
どうしてなんだろう? ということを聞いてみた。
するとグループ全体で受付対応のコンテストがあり
(もちろん研修もあるという)
そのために自分でも努力しているのではないか?
ということだった。
そうか、そういうことだったんだ。
笑っても心の底から楽しそうに笑うので、聞いているこっちも
楽しい気分になったのだ。
この人の喋り方がどんなに素晴らしいか、これを読んでいる人にも
聞いて欲しいものだけれど、まあそういうわけにもいかない。
でも、こうして日々自分の仕事に磨きをかけている人というのが
本当にいるということが嬉しくなった。
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日ごろの鍛錬が物を言う。
23/Oct.2018 [Tue] 17:00
朝、ゴミを出しに行くと、隣のおばさんがゴミを出しているところだった。
「おはようございます」
と声を掛けると、
「ヒデ坊もずいぶん痩せたなあ」
と言いながら、ジロジロと不躾な視線で上から下まで値踏みをするように
見つめられた。
おばさんにとってはぼくはまだ「ヒデ坊」なのだ。
同級生のお母さんなので、まあ仕方がないけれど
黙っていると何を言われるかたまったものではない。
「かわいそうにねえ」
とぼくはすかさず言った。
すると、可笑しそうに、ケラ、と笑って
それからげらげら笑った。
ぼくも可笑しくなって笑った。
「可哀想じゃないよ」
とおばさんは言って、なおも嬉しそうに背中を丸めて笑っている。
うはは、どうだ、こういう返しが出来るには
やはり相応の鍛錬が必要なんだ。
「そんなことないよ」
でもいけないし
「うん」
ではつまらない。
やっぱりここは、この言葉しかない。
朝から決まったぜ。
意気揚々と家に戻って、それからお茶を啜った。
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やすらぎの場所でつぶやく。
10/Oct.2018 [Wed] 17:59
「お風呂場に植物を置いたら、雰囲気がもっと良くなるよ」
と妻が言った。
何を置くつもりなのか訊いてみると
今まで部屋の窓辺に置いてあった蘭の鉢植えだという。
工場の裏でひっそり生きていた蘭の葉を移植して
家の窓辺に持ってきたのだ。
(じゃあ、やってみようよ)ということになって
その蘭の鉢植えを二つ、お風呂場の窓辺に置いてみた。
おおー、良い感じじゃん。
「ほらね、わたしの言ったとおりでしょ?」 と妻は得意げに言った。
確かに、窓辺に緑があると、グッと雰囲気が良くなる。
無機質なお風呂場が、その鉢植えを置くことで安らぎの場所に変わったよう
に思えた。
それで毎日、お風呂を沸かす前に、この蘭の葉に水を掛けて、
撫でてみることにした。
すると、新しい芽が急に出てきてそれがどんどん伸び始めた。
新しい葉は新緑の色をして、活き活きとしている。
今まで部屋の窓辺に置いてあったときは、こんなに芽吹いたことは
一度もなかったので、驚いてしまった。
「そりゃそうだよ。撫でると植物は喜ぶからね」
妻は植物が好きで、小さな庭に色々な花や葉を植えては
楽しんでいる。
工場の裏にも花を植えているけれど、手伝いに来てくれるタケシ君が
知らずにその葉を刈ってしまうので、今度は家にそれをせっせと移しているらしい。
とにかく、蘭の葉はどんどん芽吹いてきて、それが今、ぼくにとっても
嬉しいことになった。
お湯に浸かりながら、この鉢植えを眺めていると
古い親しい友人と語り合うような、ゆっくりした気持ちになる。
緑がたくさんある家って、いいなあ。
素晴らしいことだよなあ、と思った。
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夏の思い出と入道雲。
14/Sep.2018 [Fri] 8:17
えーとですね、なにかを書こうと思っていたわけですけど
忘れてしまったので、どうしたものか、と考えているわけです。
このあいだは、藤森照信さんが設計した秋野不矩美術館の
二十周年記念の式典があって、浜松まで出かけてきました。
暑い盛りのころで、前日に熱海から浜松まで出て、友人のところに
顔を出しました。
友人は古い車をレストアする仕事をしていて、どうしてこの人と友達に
なったのか? というと,この人は藤森建築ファンで、どうしても自宅兼店舗を藤森さんに造ってもらいたいと思っていた。それで、藤森さんとコンタクトを取りたいと思っていたそうなんですね。
しかし、藤森さんは、もう雲の上のような存在になってしまって、設計をお願いしても、そう簡単に「ほいきた」と受けてくれない。
まあそんな困難をものともせず、手紙を何度も書いて、とうとう設計をお願いし、店舗と自宅を建てた、という人なんです。
しかも素朴な誠実な人柄で、一度その店舗を建てるときに手伝いに行ったのをきっかけにして、ものすごく仲良くなってしまった。
一緒にご飯を食べて、話しているだけで、楽しい。
仕事の話も楽しいし、悩みごとなんかを聞いているのも楽しいわけです。
不思議なものですよね。
だって今までぜんぜん知らなかった間柄なのに、何時間も一緒にいて
話が尽きない、というようなことがあるのかって、あるんです。
それで夕方になってしまったので、そろそろお暇(いとま)をしようとしたら
「掛川に行くなら、天竜浜名湖鉄道っていう、一両の風情のある鉄道がありますよ」って教えてくれて、その駅まで送ってくれたわけなんです。
無人の、切符も売っていない、という鉄道で、その友人一家に見送られて
掛川までの道のりをトコトコ、小さな電車に乗って走っていくわけですが
これがまた良いんですね。
一緒に電車に乗ったおばあさんとちょっと話したら、おばあさんは温泉に浸かりに毎日、この電車に乗って、出かけてくる、ということ。
へえー、良いですね。うらやましい、と言いながら、
どんどん小さくなってゆく友人たちに手を振って
電車が走り始めました。
掛川には親戚がいるので、今日はそこに泊めてもらって、しかし、それにしても夕暮れの中をゆっくりとした速度で走りぬけながら、田んぼのあぜ道をおばあさんと犬が散歩しているのを眺めたり、案山子が立っていたり、電車の窓すれすれまで樹の葉っぱが伸びてきていたり。
ああ、いいなあ、なんて良いんだろう。
来て良かった。
そう思う一日でした。
明日になればその友人一家も式典に来るので、また会えるけれど
やっぱり式典になると忙しいし、色々な知り合いも来るからなかなかゆっくりは話せないし、まあ、今日来て、本当に良かった、と夕暮れの中を電車に揺られて思ったのでした。
思い出しましたよ、今日書きたかった話は、お風呂場に緑を置いたらどうだろう? と妻が言い出して、蘭の鉢植えを置いてみたんです。
急に思い出したけど、まあ、そのはなしはいずれまた。
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いつもこんなことを呟いてため息をついているんだな。
11/Aug.2018 [Sat] 17:28
台風が近づいてきている。
ゆうべもかなりの量の雨が降って、今日の午後には本格的に島に近づいてくるという。
朝になって倉庫に行ってみると、雨漏りしていることがわかった。
ここはもう古いので屋根のコンクリートに亀裂が入って、そこから
雨が漏れてくるのである。
亀裂の部分を削って、そこにコーキングを流し込み、なんとか修理をしたけれどやはりコーキングが古くなってくると、同じように水が染みてくる、らしい。
やれやれ、今日は焼酎の瓶詰めをしておきたかったけれど
仕方がない、一度工場に出かけて、修理の道具を持って、もう一度ここまで
戻ってくることにしよう。
(いつもこんなことを心の中で呟いてため息をついているんだな)
幸いなことに今は雨も止んでいるので、なんとかこのあいだに
雨漏りの修理をしてしまいたい。
あと二時間くらいは雨も降らない、という予報である。
ハシゴに、コーキング、それにコーキングのヘラ、を車に積んで
もう一度、倉庫に戻ってきた。
途中で、サイクリングをしているカップルを見かけた。
中年の男性はステテコ姿で、女性は自転車を停めて、上着を脱ごうとしているところだった。それを男性がすごい形相で見つめていた。
なんだってあんな形相で相手を見つめているんだろう? と思った。
おいおい、これから台風なんだぞ、そんな呑気なことをしている場合ではないぞ、と思いながら、車で走りぬけた。
あまりに疲れている人や、ちょっとこれは目的地まで辿り着く事が出来そうにもないような人を見かけたときは車を停めて声を掛けることもあるけれど、
今は、そんな余裕はない。
雨が降ってきたら屋根の修理どころではなくなってしまうからだ。
でもヘタに声を掛けると、怪しまれたり、怖がられたり、あとは
せっかくの休みに楽しんでいるんだから、ヘンなこと言わないでください
と怒られたりもする。
そうなのだ。
うちに買い物にきたお客さんが水着を着ていたので
「今日は台風だから、泳ぐのはやめたほうがいいですよ」
と言ったら、その人に
「せっかく休みを取ってきたんですよ」
と逆上されてしまったことがあった。
まあそれぞれ都合があるんだから、台風なんかに構っていられるか、ということなのだろう。
気持ちはわかるけど、でも死んじゃうこともよくあるよ、となんとか伝えたい。
しかしこちらが真剣になればなるほど、相手は引いてゆくので
これはダメだろうな、と思って、諦める。
それで倉庫の屋根に登ると、風がびゅんびゅん吹いて、帽子も、道具も飛ばされそうになった。
ちょっとでも空に近づくと、ひどく暑く感じるのは気のせいだろうか?
なんとかコーキングを塗って、やれやれ、と思って、工場に戻った。
さっきのサイクリングをしていたカップルの姿は見当たらず、
どうか無事に楽しい休暇になってもらえたら、と祈るばかりだった。
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きみは「うな牛」を知っているか?
23/Jul.2018 [Mon] 18:37
浜松町から竹芝桟橋に向かって歩いていると
丼屋の看板が目に入った。
「うな牛」という字が見えて(なんだろう?)と思った。
写真も一緒に付いていて、
鰻の蒲焼の脇に牛肉が載っている。
(うーん・・・)
鰻だけで良いと思うけど、そこに牛肉。
重すぎる。
鰻ならなんとか消化できるけど
そこに牛肉も、というのはちょっと。
胃が過激に反応して、もだえ始めてきた。
横にいた妻に
「うな牛だって」
と言うと、やっぱり同じような表情をしている。
若い頃なら飛びついただろうか? うな牛。
いや、鰻と牛の食感がまず違うから、同じような
感触では食べられないのではないか?
鰻の歯ざわりは格別で、まず前歯で噛んでやわらかさを
味わったあとで、今度は奥歯でそれをもう一度愉しむ。
米粒と鰻の歯ざわりが絶妙なハーモニーを生み出すのだ。
そこに牛肉が入ってきても、もう楽しめる余地がない。
喰えばいいってもんじゃない、と思うけど、
こういうことを言うと近頃は炎上するんだそうですね。
まあ、どっちにしても食べないのだし、鰻だって
近頃は滅多に食べない。
脳の中であの食感とタレの味わいを再現して
(美味しいだろうなあ)とは思うけれど
実際に食べると胃が苦しいので、まず手が出ない。
たいていのことはすぐに忘れてしまうのに
一日経ってもまだ忘れないのは、よっぽど衝撃だったんだろう。
暑いので、日に日に体重が落ちてゆく。
身体に付いたよけいな肉が削げて、動きやすくなった。
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