日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
心の中のスーダラ節
17/Oct.2019 [Thu] 17:14
ミャンマーから帰ってみると、ありゃー、こりゃひどい、
というくらい家は滅茶苦茶になっていた。
留守番をしてくれたタケシ君から
「本当にひどい状態ですから、その心積もりでいてください」
と言われていたけれど、たしかにその通りだった。
けれども、メールで送られてきた写真の状態よりは
ひどくは見えなかった。
それは、タケシ君がこつこつ片付けていてくれたからである。
寝室に散乱した硝子の破片や、水浸しになった床や
壊された窓や、そういうものを片して、なるべくきれいな状態にしてくれていたのでショックも少なかったのである。
ベニヤ板とビスを買っておいてもらって、大島に到着するとすぐに
家の中を見に戻った。
今日すぐには住めないけれど、近い将来、またこの家に住みたい。
そのためにはどうしたら良いのかを考えた。
まず屋根の雨漏りを修理することが必要だろう。
それから寝室の窓をふさぐこと。
ベッドを直すこと。
このベッドの上に飛んできた屋根は釘が引きちぎられたまま
つまり釘が屋根の断片に付いたまま、飛んできて
窓を突き破って、ベッドの上に落ちたのだ。
ベッドは自家製で、畳が敷いてある。
その畳を支えている材木が外れて、壊れてしまっている。
本当にここに寝ていたら、釘が腹に刺さって、そのまま引きずられて
内臓も破裂していたことだろう。
やっぱりついていたんだな、と心の底から思った。
家のことなんて、生きていればなんとかなる。
お金が保険でまかなえなくても、出来ることは自分で直していけば良いのである。飛んできた屋根の一部は窓を破壊しただけではなくて
コンクリートの壁も破壊していた。
とりあえずベニヤ板を張ってくれてあったので、そこに断熱材を切って
はめ込むことにした。
そうすれば寒くなってもなんとか凌げるのではないか、と思った。
あとは屋根だ。
ブルーシートを張ってくれてある上から、
ベニヤ板を切って、はめ込んでビスで留めた。
電動ノコギリがあるので、こういうことも出来る。
大島に住むためにはある程度の大工仕事も必要で、見よう見まねで
なんとか出来るようになった。
大切なのは気持ちだ。
メールで「大変でしょう?」 と言われると、こちらもつい
「大変です」と言いたくなる。
しかし、泣き言を言うと気持ちがヘタってしまうのだ。
「よしきた、それッ」
という気持ちで臨まなければ、こういうときは落ち込むばかりだ。
だから気の持ちようを強くして、楽観的に思うしかない。
それには自分を騙すくらいでないと、現実に負けてしまう。
「スーダラ節」を歌うと楽しくなるので
心の中ではいつも歌っている。
「あ、スイスイスーダラタッタ、スラスラスイスイスイィー」
と口ずさむだけで、もう愉しくなってくる。
ついでに踊るともっと愉しくなる。
そうなればこっちのものだ。
大工の作業も好きだし、
「俺、愉しくなってきちゃった」
と手伝ってくれているタケシ君に言うと、タケシ君は変な顔をして
ぼくの顔を眺めていた。
(どう答えていいのか、わかりませんよ)
というような神妙な顔つきで、ぼくの顔を眺めていた。
すぐに消費税の増税で、焼酎の値段も変わるので大忙しだ。
それ、がんばれ。
「スーダラ節」が効かなければ、早見優の「夏色のナンシー」だってある。
あれは最強だな。(ああ、恥ずかしい)
オーディオは水で濡れて、音が出ないけれど、脳内ではいつでも再生できる。
負けないぜ、という気持ちで過ごしている。
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台風15号についてのお知らせ。
14/Sep.2019 [Sat] 13:27
台風15号が通過した日にミャンマーに来た。妻も一緒である。
すると大島から写真がどしどし送られてきて、「家が大変なことになっています」というメッセージが届いた。
送ってくれたのは留守番をしてくれているタケシ君からで、屋根のトタンが剥がされて、その下のルーフィングという防水用のシートまでがなくなっている写真が添付されていた。
さらに水浸しの床。
寝室の窓は風で飛んできた大きな戸で破られて、木の葉と共にガラスが散乱している。
玄関の扉にも何かが飛んできて、ガラスが破られている。
畳の部屋も水で濡れて、さらに裏の家も屋根から玄関から斧で殴られたように板が割れていた。
家の海側にある父の営んでいた店は全壊して骨組みだけになっていた。
幸いなことに焼酎工場と店舗だけは大した被害がなかったらしい。
こりゃ大変だ、ということですぐに帰る手続きを始めたけれど、ぼくの買ったチケットでは帰る日付けを変更することは出来ないという。
その交渉に一日かかり、何の進展もないまま過ごした。(親身になってわざわざ会社から来てくれたHISのF田さんありがとうございました)
壊された家の周りには飛ばされてきた廃材が散乱して山積みになっていたけれど、これは近所の人たちが片付けてくれたという。
剥がされた屋根は設計者の大嶋さんに連絡をして、大島まで来てもらい、シートを張ってもらった。
阪本さんにも連絡して、大嶋さんが出来なかったところの補修をしてもらった。
外国にいる自分には何も出来ないことがもどかしい。
送られてくる画像と共に
「これはどうしますか?」
と聞かれるけれど、どうしたら良いのか、判断できない。
グシャグシャになった布団は捨てますか? と訊かれても母の嫁入り道具として持ってきた布団だから捨てたくない。しかし見るも無残な布団を見ると捨てた方が良いだろう、と思う。
ここで寝ていたら大怪我をするか最悪死んでいたかもしれないと写真を見て思った。
旅を楽しむどころではなく、そのメールのやり取りや、あとは「大丈夫ですか?」というメールがたくさん送られてきて、対応に追われている。
ようやく帰りの飛行機のチケットを改めて買った。
家は写真で見る限り、すぐに住めるような状態ではなさそうだ。
そこへ持ってきて、帰った翌日に取材の申し込みまで来て、もどかしい気持ちになる。
「大丈夫か?」と訊かれれば「そうでもないです」と言いたいところだけど、身体は元気だ。
メールでの問い合わせはなるべくなら送らないで頂けると助かります。こんな状況で、ご心配をいただき、ありがとうございます。
とにかく元気で怪我もなく過ごしています。(そりゃそうだ)
年々台風も大きくなってきていて、いずれここには住めなくなるのではないか、と思っている。
工場や倉庫は保険に入っているけれど、家は保険に入っていないので、それも困ったことだと思っている。
ま、外国にいてそんな心配をしても始まらない。
ミャンマーの夕日が綺麗で今日はそれを眺めた。
タケシ君ありがとう。
助けていただいた方々、ありがとうございます。
本当に涙が出ます。
ご心配くださっている方々にも、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
ついているんだか、いないんだか、突っ込みどころ満載だな、俺。相変わらずやん、タニグチ君、と自分に言いたい。
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心からそう思ったこと。
31/Aug.2019 [Sat] 18:11
お腹が空いたので何かを食べようと思った。
東京でのことである。
迷ってウロウロするのは嫌なので、こうなると
熱烈中華食堂という店に入ることに決めている。
ここで餃子を一人前とライスをひとつ注文する。
待ち時間も少ないし、量も少なめで胃にもたれないのである。
餃子に肉が入っていないのも良い。
これにラーメンを付けると量が多くて、もたれてしまう。
知らない店に入ると味が濃かったり、肉が入っていたり、
とにかくあとで何かしら困ったことになるのである。
昨日は舌が腫れあがってほとんど食事を摂ることができなかったけれど
今日はその腫れも引いて、お腹が空いている。
まあ、そんなわけで、餃子を六個とご飯を頼んだ。
店は繁華街で、ものすごく忙しそうだ。
ホールの人が足りないのか、席についても、注文を取りに来ない。
そういうときのためにボタンが付いていて、これを押すと
人が来ることになっている。
厨房に入っていた若い女性が自分の仕事の手を止めて水を持ってきてくれた。
日本人ではなくて、たぶんベトナムの女性だろう。
ライスと餃子を注文して、それが来るのを待った。
待っているあいだ、ホールを何の気なしに眺めていると
若い男が一人、ドタドタという音をたてるように歩きながら働いていた。
新人なのか、とにかく仕事が遅い。
どこの人だろう? と思ったら日本人だった。
それは名札を見てわかった。
しかし若葉マークも付いてはおらず、新人ではないようだった。
たとえば、食器を片付けるときに、カウンター席に二人分の空いた食器が並んでいればそれをすべて持っていくはずだろう。
ところがこの男の人は一人分しか運んでいかない。
どうして二つ持っていかないのか? と不思議に思った。
それをベトナムの女性がまた来て片付ける。
男の人は手一杯で食器が持てないわけでもないのだ。
ベトナムの女性は持てるだけ食器を持って片付けるのだし
そうしなければこのホールは廻っていかないはずだ。
しかし、日本人の男の子は頑なにひとつしか運ばない。
そうしてあっちこっちをウロウロ効率悪く歩き回っている。
それをベトナム人の年配の女性に注意されたりもしているけれど
一向に直す気がないらしかった。
そうか、もう、こんなふうになってしまったんだ。
よく気の効く日本人というフレーズはもう終わって、今はベトナムの人が
それに取って変わったのかもしれない。
まあ、ここだけの話かもしれないし、だから、というふうに決め付けることもしたくないけれど、とにかく時代が変わったんだな、と運ばれてきた餃子を食べながら思った。
これから働き手を探すなら、もう日本人にこだわらなくてもいいのかもしれない。
そんな時代なんだ。
時代が変わる節目を目の当たりに見られる東京は面白いなあ、と心からそう思った。
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空調服を使ってみたぞ。
11/Aug.2019 [Sun] 17:52
暑さもとんでもないことになっているけれど
仕事場にはいまだにクーラーがない。
広いのと、建屋が隙間だらけなので電気代が相当、掛かるだろう。
まあそんなことで、毎年、暑くても我慢をしながら仕事をしてきた。
小型の器械にダクトが付いていて、そこから冷風が出るという
スポットクーラーというのがあってこれは良いかもしれない、
と思っていたけれど、座って仕事をするわけではなく
動き回るので、これもうまくない。
と、そこに、「空調服」というものがあるらしい、という話を読んだ。
服の背中にファンが付いていて、そこから空気が送り込まれるという。
去年、酒造組合の総会があったときに、隣の工事現場で働くお兄さんが
この空調服を着ているのを見かけた。
ビルを建てるための現場で、中は相当暑いはずだけれど、この服を着て仕事をしているのを眺めて、良いらしいことがわかった。

それで暑くなってきて、どうにも仕事が進まなくなってきたので
ネットで調べて買ってみることにした。
ところがたいていのショップではすでに「売り切れ」の状態で
こりゃ、今年もダメかなあ、と諦めかけた。
買おうと思っていたのは長袖のタイプで、これは売り切れているけれど
考え方を変えて、ベストタイプのものなら、在庫もあるらしい。
そうか。
それなら、ベストを一枚買って試してみようということになった。
早速注文をしてみた。
楽しみだなあ。
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春の萌える日。
25/Feb.2019 [Mon] 17:17
今年は焼酎を造っているときに
(ずいぶん耳が聞こえなくなったなあ)
と自分のことを想った。
工場の中は様々な機械音がしていて、それに阻まれて
音が聞こえにくいということもあるけれど
それにしても耳鳴りがひどくなってしまった。
きーん、という音と共に、目覚まし時計の目覚まし音とでもいうのだろうか
そんな音もずっと聞こえている。
歳を取って、そんな音とも付き合うことになったのか、
と自分のことを想った。
先日、耳鼻咽喉科に、別の用で出かけたときに、
この耳鳴りのことも先生に訊いてみた。
それなら、ということで電話ボックスのような四角い箱の中に入れられて
ヘッドホンの音に耳を澄ます検査をしてもらった。
ヘッドホンをすると、自分の耳鳴りの音が激しくて、しばらくは
その検査音を聞き取ることができなかった。
それで判ったことは、老化で耳が遠くなったわけではなくて
ある一定の周波数だけが聞こえなくなっているということだった。
「音楽か何かの仕事をしていますか?」
と先生に訊かれた。
そうではなくて、工場の中の轟音をいつも耳にしていて
こういうふうになったのではないか? という結論になった。
薬を出してもらい、それを飲むことで、耳の神経にまで血が通うようになるのだそうだ。
耳鳴りの薬というのもあり、それも出された。
さらに舌の裏側が腫れあがって、(これが耳鼻咽喉科に出かけた本当の目的だった)その薬も出してもらい、合計六種類もの薬を飲むことになった。
舌はこれだけ腫れると癌の心配も出てきて、血液検査に加えて、MRIの写真も撮ることになってしまった。
どうしてこんなことになったのか、自分では原因がわかっている。
首の筋が張っていて、この凝りが舌を腫れさせているのである。
だから癌ではないと思うけれど、タレントの女性が同じような症状で癌になったこともあり、
「まあ検査だけはきちんとしておきましょう」
ということになったのだ。
美味しい焼酎を造ることは本当に身を削る作業で、自分のすべてを出し切らないと旨いものができない。
適当ということはできないので、どうしてもこうなってしまう。
耳はなるべく保護をするようにすればいいけれど、舌が腫れあがるのは毎年のことで、これもどうにかしたいと思っていた。
うーん、またこんな話になってしまった。
舌の腫れは昼ごはんを食べたら、腫れたところが破れて血が出てきた。
それで少し楽になったけれど、貰った薬ですぐに腫れが引いたので
感心した。
ふだんまったく薬を飲まないので、よく効く。
同級生は高血圧だのメタボだの、そんな薬を飲むらしいけれど、冬の厳しい焼酎造りのおかげで、そういうこととは縁遠い身体になっている。
耳鳴りの薬はまだ効いてこず、きーんという音が聞こえている。
ドナルドキーンさんが亡くなって、昔、不忍池のほとりでよくすれ違った。
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逃げなくてもいいよ。
27/Dec.2018 [Thu] 17:22
工場から出てくると、カラスが一羽、水桶のふちに降り立った。
羽根の音がバサッとして、
振り向くとすぐそばにそのカラスがいた。
こいつにはいつも話しかけている。
近くに来ると、
「おい? 元気か?」
と声を掛ける。
逃げる素振りを見せると
「逃げなくても良いよ。今日はどんなだった?」
と声を掛ける。
けっこう大きな声で、人が見たらあいつ誰に喋っているんだろう?
と思われることだろう。
カラスはそのあいだ首を傾げて、ぼくの声を聞いているらしい。
逃げないどころか、一歩寄って来たりもする。
それで今日は、工場から出てくると、どこで待っていたのか
ぼくのそばまで飛んできてくれた、というわけだった。
カラスは殺気に敏感で、
(この野郎)
と思っただけで、すぐに逃げる。
逆に
(逃げなくても良いよ、何にもしないから)
という平穏な心でいれば、逃げない。
それで声を掛けていたら、近くまで寄ってきてくれた。
嬉しいなあ。
おまえさんと友達になれたら、きっと楽しいことだろう。
人間は悪い人もいるけれど、動物は悪い目をしない。
鋭い眼と悪い眼はちがう。
悪意のない動物と一緒にいると、自分も楽しくなる。
明日はもっと近くまで来てくれたら良いなあ。
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蜘蛛のように?
07/Dec.2018 [Fri] 7:33
焼酎の仕込みが始まって、もう一月が経った。
麹菌が身体に入って、苦しい日々が続いている。
なんとかならないものか、と思うけれど、これがどうにもならない。
麹を造らなければ、焼酎の仕込みが成り立たないわけで
しかしこれを造ると身体が悲鳴を上げる。
というわけで、なるべく本数を減らして、と思うけれど
焼酎も売れるわけで、そうもいかない。
まあ、どうやっても苦しいわけだ。
えーとね、そんな話を書こうとしたのかどうか、
そんな苦しい話を書いたところで誰も読みたくはないだろう。
なにかもっと楽しい話しがあったのではないか?
そう、心躍るような楽しい話があって、それを伝えたいと思って
これを書き始めたのではなかったか?
そうだ、蜘蛛の話を書こうと思っていたのだ。
毎年、秋が深まると、蜘蛛が巣を張って、虫を捕る光景を
よく目にする。
しかし冬が始まると、その蜘蛛もどこかにいなくなってしまう。
いったいどこに行くのか? と思っていた。
そう思っていたら今年は家の窓と並行するように蜘蛛が巣を張った。
それなら、毎日観察できるし、これはいいな、と思っていたのだ。
しかし、麹を造るのに必死になって、そうなると工場に泊り込む日も
多くなってくる。
昨日久しぶりに家に帰ってきたら、蜘蛛はどこかに姿を消して
破れた巣だけが、窓の外に見えた。
今年もどこに行ったのか、わからないまま、冬が始まったというわけである。
今日はお寺で父の一周忌の法要があって、お経本をめくっていたら
「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」
という文言が目に飛び込んできた。
生と死を明らかにするのが、われわれ人間の一大事である、
と言っているのではないか?  と勝手に考えた。
ぼくにはわからないことが多くある。
秋が深まって蜘蛛がどこに行くのかということも知らないし、
生と死のこともわからない。
これを明らかにすることが一大事だと、お経本に書いてあるのは
本当にその通りだと思うのだ。
しかし、それを教えてくれる人がいるのか、というとどこにもいない。
お坊さんに訊いてもわからない、と思うので訊いたことがない。
蜘蛛がどこに行くのか、これも調べれば良いのかもしれない
けれど、自分でわかりたいのである。
この世は謎に満ちていてわからないこともたくさんある。
仕事がすなわち苦しみである、ということだって、
実に因縁に満ちた話であるわけで、どうすることも出来ない。
そうか、こういうことが書きたかったんだね、と自分を想った。
わからないことをずっと心に秘めたまま
そのうち自分も姿を消してしまうことだろう。
蜘蛛のように?
そう蜘蛛のように。
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つぼに入ってしまったんですね。
19/Nov.2018 [Mon] 17:03
お風呂を沸かすと、地響きのような音がして
ボイラーが点いたり消えたりを繰り返している。
そこで、その会社に電話をしてみると
丁寧なお姉さんが出て、対応をしてくれた。
この会社は大島にはないので
東京の練馬営業所まで電話をすることになっている。
「ボイラーを点けると異音がするんですよ。
あっ、今とうとうエラーになってしまいました」
ぼくはそう言って窓を開けた。
ギイーっ、という音がした。
お姉さんはその音に反応して
「今の音がそのボイラーの音ですか?」
と言った。
「いいえ、今のは窓の音です」
ぼくがそう言うとお姉さんは可笑しそうに
「ハハハ」
と笑った。
ぼくはお風呂が沸かないと困るのだけれど
やっぱり笑った。
お姉さんはつぼに入ってしまったのか
それからしばらく笑っていた。

「そのエラー番号だと、給油に問題があるようですね。
灯油はタンクに入っていますか?」
お姉さんはハキハキとした感じの良い喋り方でそう言った。
感じが良いだけではなくて、聞いていると楽しくなるような喋り方なので
いつもこの人の声を聞くとぼくは感心してしまう。
どこかで訓練もしたのかもしれないけれど
自分でも喋ることに関心があって工夫しているのかもしれない。
「灯油は入っていますね」
ぼくは開けた窓を閉めて、そう言った。
またギュルるる、という音がした。
お姉さんは今度は何も言わなかったけれど
笑いをこらえているらしい気配が電話の向こうから伝わってきた。
しばらく沈黙が続いた。
結局、原因はすぐにはわからないということで
修理担当の人が電話をくれることになった。
それだけのことだけれど、このことが忘れられなくて
ずっと覚えている。

それから二週間経って、結局ボイラーが点かなくなってしまったので
修理の人が東京から来てくれることになった。
それでその人に営業所のお姉さんの喋り方がすごく感じが良いのは
どうしてなんだろう? ということを聞いてみた。
するとグループ全体で受付対応のコンテストがあり
(もちろん研修もあるという)
そのために自分でも努力しているのではないか?
ということだった。
そうか、そういうことだったんだ。
笑っても心の底から楽しそうに笑うので、聞いているこっちも
楽しい気分になったのだ。
この人の喋り方がどんなに素晴らしいか、これを読んでいる人にも
聞いて欲しいものだけれど、まあそういうわけにもいかない。
でも、こうして日々自分の仕事に磨きをかけている人というのが
本当にいるということが嬉しくなった。
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日ごろの鍛錬が物を言う。
23/Oct.2018 [Tue] 17:00
朝、ゴミを出しに行くと、隣のおばさんがゴミを出しているところだった。
「おはようございます」
と声を掛けると、
「ヒデ坊もずいぶん痩せたなあ」
と言いながら、ジロジロと不躾な視線で上から下まで値踏みをするように
見つめられた。
おばさんにとってはぼくはまだ「ヒデ坊」なのだ。
同級生のお母さんなので、まあ仕方がないけれど
黙っていると何を言われるかたまったものではない。
「かわいそうにねえ」
とぼくはすかさず言った。
すると、可笑しそうに、ケラ、と笑って
それからげらげら笑った。
ぼくも可笑しくなって笑った。
「可哀想じゃないよ」
とおばさんは言って、なおも嬉しそうに背中を丸めて笑っている。
うはは、どうだ、こういう返しが出来るには
やはり相応の鍛錬が必要なんだ。
「そんなことないよ」
でもいけないし
「うん」
ではつまらない。
やっぱりここは、この言葉しかない。
朝から決まったぜ。
意気揚々と家に戻って、それからお茶を啜った。
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やすらぎの場所でつぶやく。
10/Oct.2018 [Wed] 17:59
「お風呂場に植物を置いたら、雰囲気がもっと良くなるよ」
と妻が言った。
何を置くつもりなのか訊いてみると
今まで部屋の窓辺に置いてあった蘭の鉢植えだという。
工場の裏でひっそり生きていた蘭の葉を移植して
家の窓辺に持ってきたのだ。
(じゃあ、やってみようよ)ということになって
その蘭の鉢植えを二つ、お風呂場の窓辺に置いてみた。
おおー、良い感じじゃん。
「ほらね、わたしの言ったとおりでしょ?」 と妻は得意げに言った。
確かに、窓辺に緑があると、グッと雰囲気が良くなる。
無機質なお風呂場が、その鉢植えを置くことで安らぎの場所に変わったよう
に思えた。
それで毎日、お風呂を沸かす前に、この蘭の葉に水を掛けて、
撫でてみることにした。
すると、新しい芽が急に出てきてそれがどんどん伸び始めた。
新しい葉は新緑の色をして、活き活きとしている。
今まで部屋の窓辺に置いてあったときは、こんなに芽吹いたことは
一度もなかったので、驚いてしまった。
「そりゃそうだよ。撫でると植物は喜ぶからね」
妻は植物が好きで、小さな庭に色々な花や葉を植えては
楽しんでいる。
工場の裏にも花を植えているけれど、手伝いに来てくれるタケシ君が
知らずにその葉を刈ってしまうので、今度は家にそれをせっせと移しているらしい。
とにかく、蘭の葉はどんどん芽吹いてきて、それが今、ぼくにとっても
嬉しいことになった。
お湯に浸かりながら、この鉢植えを眺めていると
古い親しい友人と語り合うような、ゆっくりした気持ちになる。
緑がたくさんある家って、いいなあ。
素晴らしいことだよなあ、と思った。
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