日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
タキシード
21/Nov.2017 [Tue] 17:29
国税局主催の鑑評会で優等賞を貰った。
表彰式が先週あって、ぼくは仕込みで出席できないので
友人のタケシ君に代わりに出てもらった。
そのタケシ君からメールが来て
「表彰式にはタキシードを着ていけば良いですか?」
と書いてあった。
うはは、タキシード。
いや、やっぱり晴れの舞台だから、タケシ君はそう思ったのかもしれない。
でもまあ、そんな人はいないので、普通の背広にネクタイで
出てくださいよ、と返事を書いた。
このあいだタケシ君が蔵に手伝いに来てくれたときに
「鑑評会で優等賞を取ったら、タケシ君が表彰式に出てくれよな」
と話して盛り上がったのだ。
ぼくはこの時期は焼酎の仕込みで忙しくて、とてもそれどころではなくなってしまう。
それで毎年、出品もしなかったのだけれど今年は審査員になったので
それなら、自分の造った焼酎も出してみよう、ということになったのだ。
その鑑評会に出かける日に、タケシ君も一緒に東京に帰ることになったので
船の中でどんなふうに審査が行われるか、を話した。
審査はもちろんブラインド方式となっていて、日本酒はあらかじめ40度に温められて、魔法瓶に入れられている。
焼酎は常温でグラスに入れられて、番号だけが振られている。
朝九時に集合して、すぐに日本酒の審査が始まる。
マークシート方式で、番号順に官能検査をしてゆく。
香り、味、など細かく分けられていて、そのひとつひとつを味わってゆくのである。
もちろん自分の造ったものも、わからないので点数を入れることは出来ない。
「じゃあ、自分の焼酎に特別ポイントを入れることも出来ないわけですか?」
とタケシ君は言った。
「そりゃそうだよ。そんなことが出来たら、審査じゃなくなっちゃうからね」
ぼくは言った。
審査は国税局の鑑定官室から四人、日本酒の蔵元から三人、焼酎の蔵元からはぼく一人、あとは主に鑑定の仕事に携わっている人が何人かいて、その人たちがそれぞれ官能試験をしたあとで、総評をすることになっている。
全体的にどうか、問題があるとすれば何か、など、一人一人が意見を述べてゆく。
朝九時から午後四時まで、そんなやりとりを何度もして、その結果が優等賞につながった、というわけである。
まあ、タケシ君は冗談だと思って、軽く返事をしたのかもしれない。
ぼくも半分は冗談のつもりで、
「表彰式に出てくれよな」
と言ったのだ。
それが本当になって、タケシ君はびっくりしていた。
表彰式が終わったあとで電話をしてみると
「めちゃくちゃ緊張しました」
と言っていた。
その表彰状が後日郵送されてきて、受け取ると感慨深い気持ちになった。
また今年も造りが始まる。
いくつまで出来るのか、もう本当に限界が来ているなあ、と思いながら
ぎりぎりのところで造っている。
それが形になって、褒められることが、こんなに嬉しいとは、思ってもみないことだった。
今年もまた頑張ります。
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鑑評会で優等賞を戴きました。
17/Nov.2017 [Fri] 17:02
このたび国税局主催の鑑評会で「御神火」が優等賞を受賞しました。
いつも応援してくださっている皆様に心より御礼申し上げます。
これからも精進して、味わいのある焼酎を造っていきたいと
思います。
今後ともご贔屓くださいますよう、よろしくお願い致します。
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次の台風が来て、壊れた屋根はどうなったか?
31/Oct.2017 [Tue] 16:50
それで次の台風が来て、どうなったか?
というと、壊れた屋根のあいだから
水がどんどん入ってきて、
倉庫の中は水浸しになってしまった。
それが結構な範囲で濡れていて
(ここは大丈夫だろう)
と思ってそのままにしていた包装紙も濡れていた。
ありゃー、こりゃもうダメかねえ?
と独り言を言いながら、それを片付けた。
工務店はまったく動く気配がなく
そうこうしているうちに、また雨が降りそうなことを
天気予報は言っている。
仕方がない、やっぱり自分で応急処置をするしかないなあ、
と思って、今日は軽トラックをオカムシのところまで借りに行って
それに長い梯子を載せて運んだ。
父は点滴を受けに姉が病院に連れて行ってくれたので
帰りはその父親を連れて家に帰って来なければいけない。
今朝、瓶詰めした焼酎はすぐにラベルを貼って、
うん、しかし、こうやって三つのことが同時に進行しているじゃないか。
素晴らしいことだなあ、と思った。
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台風は次々とやってくる。
27/Oct.2017 [Fri] 9:43
週末の台風はどうなったか? というと
倉庫の屋根を壊されてしまった。
とにかく風が夜中じゅう強く吹き荒れて
窓になにかが当たるんじゃないか、と思いながら
ずっとウトウト寝ていた。
朝になってもまだ風が吹いていて
外を見に行くと、自宅の屋根の馬の背の部分が風に飛ばされていた。
さらに倉庫はスレートが割れて、大きく穴が開き、下に水が流れてきていた。
水だけでなく、枯葉や小枝も穴から入り込んでいる。
スレートの割れた部分は、今にも下に落ちそうに風に揺れていて
しかし屋根が高くて梯子もかけることが出来ない。
大急ぎで建設会社に電話をしてみると
社長以外はみんな出払ってしまっていないということ。
それでも社長が見に来てくれて
休んでいた従業員の人も出てきてくれた。
ブルトーザーの大きいものを出してきて
それに従業員の人が乗って、取り外してもらって事なきを得た。
しかしこれを直すには、時間が掛かりそうで
修理の見積もりを出してもらっているあいだに
また台風が来そうな気配である。
仕方がないので、そのまま穴が開いた状態で、台風が来るのを
待っている。
待っているわけではないけれど、どうしようもない。
考えても仕方がないのである。
自宅の屋根は自分で直した。
釘ではがされたところを打ちつけて、これなら飛ばされることもないだろう。
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楽しみにしてくださる人がいたんだ。
26/Oct.2017 [Thu] 17:30
新島のM原さんに会ったときに
「ブログが更新されるとメールで教えてくれる機能があるから
それを使って、タニグチさんのブログを読んでいるんです」
と話してくれた。
「おっ、来た来たー、ってね」
と言って宮原さんは嬉しそうに笑っていた。
そうか、今はそういう機能があって、いちいちブログを見に行かなくても
更新されれば教えてくれるのか。
それにしても、ずいぶん更新していなかったな、と自分の日記を振り返って
思った。
書きたいことはたくさんある。
やる気もあって、今は新しい旅日記のようなものを書いている。
でもそれを、このブログでアップする気にもなれない。
どうしてだろうか?
なにか、自分のことを書くのが恥ずかしくなってしまった。
人にもあまり興味がなくなってしまったし、雀や蜘蛛の話ばかりでは読んでいるほうだってつまらないのではないか? と思ってしまう。
そんなことを考えているよりも、夕方、仕事を終えて帰ってくると、やることがたくさんあって、なかなかこの日記を書く余裕がなくなってしまった。
今日は台風で、早くに家に帰ってきたので、こうして書く時間を作ることができた。
今、興味があることは何かって?
あのですね、高校時代から持っているレコードを聴くのが愉しみで、ところが針がもう古くなって、音がかすれるようになってしまったんですよ。
それでね、秋葉原に出向いて、以前レコード針を買っていたお店に行ってみたら、もう店がなくなってしまっていたんです。
それで・・。

あとは、自分の身体のことですね。
今年に入って、思い立って、強健術という、丹田を鍛える体操とでもいうんでしょうか、そういうものを習いに行っているんですけど、横隔膜がなかなか広がらなくて、でもこれが広がるようになったら、自分の身体はずいぶん変わるな、と確信したんですね。でもなかなか授業に参加できなくて、残念だなあ、と思っているところなんですね。

あとは、そうです、もう確実に濃密なものを造りだす気力が減っているので、とにかく書きたいこととじっくり向き合いたい、と思っているんですね。

焼酎はどうかって? いや、今年は造りを少し変えて、もっと旨いものを造る計画を練っています。
御神火の芋、飲みましたか? 今、売っている焼酎、旨いですよ。
あとは御神火凪海の35度。
これはもう買われるとなくなるので言いたくないんですけど、本当に素晴らしい。もうね、これ以上のものが出来るのか? っていうくらいのものを瓶詰めしています。値段が安すぎますね。
あとは「御神火おやじごろし」これも素晴らしいですね。一滴の中に宇宙が広がっている。麦だけでこんなものが造れるのか? という驚きに満ちている。

父親のことを看ていて、自分もあっという間に、こんなふうになってしまうなあ、と確信しましてね、一年があっという間に過ぎてゆくので、とにかく、やりたいことを優先して、生きていこうと、そう思っているわけです。
この日記を楽しみにしてくださる人がいることが判って、そうか申し訳なかった、と思っているところです。
M原さん、大切なことを教えてくださってありがとうございました。
なるべくこの日記も更新していくつもりですけど、
「ああ、またなにか他のことに夢中になっているんだな」
と思っていただけたら、ありがたいです。
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いずれ行く道。
22/Oct.2017 [Sun] 17:10
父親の足が弱って、きちんと歩くことが出来なくなってしまった。
トイレに行くのも大変で、行く途中で転びそうで危なくて仕方がない。
オムツをしてもらい、それにすれば良いから、と言っても、やっぱりトイレに行きたいらしい。
それでも、まだ夜は自分の家で一人で寝るので、夜も見に行かなくてはならなくなった。
いつも父のことを見てくれている姉が出かけてしまい、先週からはぼく一人で父を看ることになった。
朝と晩はご飯を食べさせるとして、昼間はどうしたらいいか、途方にくれた。
工場に連れていこうか、とも思ったけれど、寝かせておくような場所がない。
知らない場所に行くと、不安になるので、外に出たがる。
つまり一人にしておけないのだ。
仕事場は自分一人なので、父親のことを看ていると仕事がまったく進まない。
「結いの家」という高齢者を見てくれるケアサービスの施設があって、ここに訊いてみたら? と教えてくれる人がいた。
今までは週に二回ここに行って、お風呂に入れてもらっていたのである。
直接行って訊いてみると、今のところは空いているので、毎日、来ても良いことになった。
「一人で看るって大変でしょう? 何もわからないまま、介護を始めたら、ふつうの百倍たいへんなのよ」
結いの家の代表者であるI瀬さんがそう言ってくれた。
本当にそうなのだ。
着るものの世話、オムツを履かせること、食事の支度、夜も外に出てしまっていないか、家の中で倒れていないか、本当に気が狂いそうになる。
でも朝、着替えさせておけば、岩瀬さんが迎えに来てくれて、結いの家まで連れて行ってくれるので、本当にありがたい。
お昼を食べさせてくれて、お風呂にも入れてもらって、夕方家まで連れてきてくれるのである。
児童託児所がなくて困っている若いお母さんも多いらしいけれど、高齢者を預かってもらえる施設も、これからは必要になってくるんだろうなあ、と実感した。
さあ、これから、夕ご飯を作って、それを食べさせて、ベッドで寝てもらわなければならない。
しかし、これが簡単には寝てくれなくて、また困ってしまう。
「まだ早いよ」
とか
「自分で寝るからいいよ」
と必ず言うのである。
しかしベッドまで歩けないのに、どうやって自分で寝るのか? そう訊いても
「大丈夫だ」
と言うばかりである。
父の世話をしていると、消耗が激しくて、仕事以外は何もできなくなってしまった。
暇があれば寝ているような状態で、関係なく涙も出てくる。
世の中には、ぼくよりも、もっと大変な介護をしている人もたくさんいることだろう。
結いの家には本当に感謝してもしきれない。
「ありがとうございます、本当に助かります」、と今日はI瀬さんに会ったので、心からそう言って頭を下げた。
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秘剣さんに捧げる焼酎
20/Oct.2017 [Fri] 16:31
秘剣さんことW田博温さんが逝かれた、という知らせを
友人から教えてもらった。
えーっ? という言葉がまず口から漏れて、あとは言葉が出てこなかった。
どういう状況だったのか、近頃具合が悪かったのか
詳しいことは何もわからないままである。
お葬式には出られないので、奥様に宛てて花を送った。
するとその奥様から電話があって、
「長いこと患っていたけど、誰にも言わないでくれ」と言われていた、と
話してくれたのだそうだ。(ちょうど電話を貰ったときに出かけていて奥様と話すことは出来なかった)
そうか、秘剣さん、そんなことがあったのか。
何にも知らなくて悪かったなあ。
焼酎ブームも過ぎ去って、世間の焼酎に対する熱もすっかり消えてしまった。
あの頃は楽しかったけれど、辛いことも多かったなあ、と思う。
今日は当時の日記を読み返して、秘剣さんと初めて会ったときのことを
思い返していた。
14年前に、秘剣さんは大島に来て、うちの蔵の蒸留を見ていかれた。
それが焼酎工場を見学する初めてのことだったという。
そのときに蒸留した焼酎に「一期一会」というラベルを貼って、同席した大分の望月さんと、秘剣さんにその焼酎を送った。
タンクには今でもその焼酎が眠っている。
今日は猪口を二つ置いて、一杯は秘剣さんに、それを捧げた。
14年が経って、深い味わいになっていた。
そうだ、この焼酎を池袋のベッタコさんのカウンターに置いてもらって
秘剣さんの友人の方々に飲んでもらうというのはどうだろう?
そのときは必ず、猪口は二つ用意してもらい、一杯は秘剣さんに捧げる形にする。そうすれば秘剣さんもカウンターに立ち寄ってくれるかもしれない。
東京に出かけて、ベッタコの入り口から中を覗くと、秘剣さんが飲んでいる姿がいつも見えた。
「おっ、今日もやっているな」
と思った。本当に焼酎の好きな人だった。
まずは奥様とベッタコさんに相談しなければいけない。
秘剣さん、どうぞ安らかに眠ってください。
長い闘病生活を垣間見せなかったその姿には驚かされました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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元気で良かった。
11/Aug.2017 [Fri] 18:03
夜になって、玄関のあたりから鳥の鳴き声が聞こえた。
(あいつかもしれない)
と思って、外に飛び出した。
朝、倉庫の中にいた、あの雛のヒヨドリではないか?
と思ったのだ。
外に出てみると、鳥の姿はどこにも見えなかった。
気のせいだったのかな? と思いながらその辺りに
佇んで様子を見た。
蚊が足のすねに喰いついてきて、また家の中に戻った。
翌朝、妻が仏さまのご飯を庭にまくと、
「雀に混じってぽちゃっとした鳥が来たよ」
と教えてくれた。
大きなヒヨドリも一緒だったのだそうだ。
そうか、それは親に連れられてきたあの雛のヒヨドリだったのかも
しれないなあ。
良かった。
妻の言うことには、地面から屋根まで羽ばたいて飛んでいたという。
それを聞いてすぐに見に行ってみたけれど
ぼくはその姿を見ることは出来なかった。
いずれにしろ、親に守られて元気でやっているんだ。
良かったねえ、と妻と話した。
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なんとか。なんとか。
14/Jul.2017 [Fri] 19:20
朝早く、倉庫に瓶を取りに行くと
隅のほうで何かが動く気配がした。
ここはすき間だらけなので、何かが入ってきても
おかしくはない。
こちらが動くと動物は怖がって気配を消すので
ジッとしてしばらく待った。
「チイッ」
と短く鋭い鳴き声がして羽根を羽ばたかせる音がした。
鳥が入り込んでしまったらしい。
鳥が入るのは珍しいな、と思って、動かずに眼だけをこらした。
鳥は窓に向かって羽ばたいている。
でも、羽ばたく力が弱くて、うまく飛べないようにも見えた。
近寄ってみると、逃げもせずにコンクリートの地面に
うずくまってこちらを見ている。
ヒヨドリの雛らしいことが、なんとなくわかった。
頭の毛が寝ぐせが付いたみたいに
ちょっと逆立っているのがかわいい。
横にぴょんぴょんと跳ねている。
窓を開けてあげたいけれど、ここの戸は開かないように
板を打ち付けてしまっている。
外に出すには、向こうの出入り口まで追いやらなければならない。
(うまく行くかなあ?)
と思いながら、
「ほらあっちに行け。そうじゃない、あっちだよ」
と呟きながら、雛を追っていった。
うまい具合に雛は羽ばたきながら、向こうの出入り口の
ところまで進んでいった。
あとは出るだけ、というところになって、また地面にうずくまってしまった。
眼がくりっとして、見上げる視線がかわいい。
「ほら、外に出るんだよ」
そう言って手を叩くと、雛は外に出て行った。
まだ高く飛ぶことが出来なくて、倉庫の壁に摑まって
羽ばたいたあとで、地面に落ちた。
親鳥が近くにいるかもしれないので、そのままにして
そこを離れた。
猫にやられないといいんだけど。
うまく餌が食べられて、もう少し高く飛べるようになるといいなあ。
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言葉では表しきれない。
01/Jun.2017 [Thu] 7:17
言葉を綴っても、表現できないことがある。
(それは自分のつたなさだから仕方がないとしても)
たとえば、焼酎を造って、それをおぎなっている、
ことはあるなあ、と思う。
ありがとう、という気持ちを言葉にしてここに書くと
その瞬間に陳腐で恥ずかしいものに変わってしまう。
でも造った焼酎を飲んでもらったら、
もっと奥深い心のひだの大きな感情が
伝わるんじゃないか、と思うことがよくある。
このあいだ、お酒は飲めない、という女性と
友人と三人で、近所の居酒屋に出かけた。
今、一番美味しい自分の造った焼酎を持参して
水は蔵の裏から湧いてきたものを持って行った。
水を温めてもらって、お湯割りを作って
その女性にも飲んでもらった。
「おいしーい」
とその女性は言った。
「焼酎ってこんなに美味しいんですね。私は今まで
焼酎を莫迦にしていたかもしれない」
とその女性は言った。
飲めないから、今日は飲まなくてもいい、と店に来るまで言っていたのに
するするとそのお湯で割った焼酎を飲んでいる。
良かったなあ、とそのときに思った。
本当に造った甲斐があったなあ、と思った。
もうそれだけで、充分じゃないか、と思った。
どこの焼酎が美味しいとか、これはあの焼酎と味わいが似ているとか
そんなことは、自分にとってはどうでもいいことだ。
麹アレルギーになって、苦しんで造るようになったけれど
それをアピールしたいわけでもない。
でも、飲んだ人に必ず伝わる想いがある。
想いを言葉に変換すると陳腐なものになってしまう。
でも焼酎の一滴の中にそれが詰まっている。
その言葉にならない味が人を動かすのではないか、と思っている。
その味は海を越えて外国の人が飲んでも、変わらないものだと思う。
今まで多くの人にお世話になってここまでやってきた。
今も様々な人に支えられて、生きている。
それが結晶となって、焼酎の味になっている。
ほらね、書くともう陳腐なものになってしまう。
だから変換はできないけれど、
もし出来るのなら、眼をつむって、焼酎を一口飲んでみて欲しい。
本当に複雑な味わいの上に成り立っている「今」がある。
父や母や、祖父や祖母や、近所の人たちや
先生や、妻や、友人にも御礼が言いたい。
本当にありがとう、と言いたい。
新緑が本当にきれいで、それを眺められることにも
御礼を言いたい。
眼が見えることにも御礼を言いたい。
眼を診てくれる先生にも御礼が言いたい。
本当にすべてのものに支えられている、と思う。
ありがとうございます。
言葉でも、もっと伝わるように努力します。
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