日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
自分では気に入っている。
21/Jan.2018 [Sun] 17:19
仕事で着ているジャケットの袖が長いので、自分で切ってみた。
ジャケットの素材は、なんだろう?
裏地が柔らかい起毛のようなもので、フリースに似ている。
火をつけると切ったところが固まるので
元はプラスチック素材なんだろう。
山登りのときに着るようなものらしい。
とにかく、この袖が長いので、二年近く折って着ていたけれど
そこだけ厚くなるので、仕事がしにくかったのだ。
我慢をしながら、着ていたけれど
そうだ、切ってみればいいかもしれない、と急に思いついた。
家ではやる気にならないので、仕事場に裁縫道具の籠を持参して
仕事の合間にやってみよう、と思い立った。
肩口から長さを計って切ればいいものを、適当に折ったところで
切ったら、右と左の長さがちぐはぐになってしまった。
左腕はちょうどいいけれど、右は明らかに短くて
下のセーターが出てきてしまう。
ありゃー、これはいかん。
しかも、切りっぱなしだと、袖口が広がってしまって
寒気が袖から入り込んでくる。
そうか、袖が窄まって(すぼまって)いるのは、やっぱり大切なことなんだ。
でもまあ、誰もこんなところは見ないだろうと思っていると
妻がめざとく見つけて、
「どうしたの、これ?」
と言った。
やっぱり目立つらしい。
袖のほつれたところはライターで炙って、終わりにしようと思っていたけれど
もう一度ゴミ箱から捨てた袖を拾ってきてそれを縫い付けた。
おおー、上手く出来た。
それに寒気も入ってこなくて、これは良い具合になった。
長さは相変わらず測らなかったけれど、適当に縫い付けたら
左右同じくらいになった。
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そう簡単には騙されないぞ。
19/Jan.2018 [Fri] 18:02
暮れに喪中の葉書を出さなかったので
年が明けてから、年賀状を頂いた人に
返事を書いている。
何年か前から、プリンターで宛名を印刷するようになって
今までは、宛名を印刷して送るのは相手に失礼なんじゃないか?
と思っていたけれど、やってみたら、もう本当に便利で
ありがたい道具だと身にしみてわかった。
宛名は印刷にしたけれど、その人に向けて、なにか一言二言、
手書きで書くことにして、それで勘弁してもらおう、と思うことにした。
ところが今年はこのプリンターのインクジェットを用意していなくて
あわててネットで買うことにした。
プリンターはヒューレッドパッカードのもので、しかし、純正でなくとも
使えると書いてあるので、それを鵜呑みにして、別のインクを買ってみた。
すると、純正のものを使え、とプリンターが言い張る。
頑として動かない。
いや、これは困った。
仕込みでまだ忙しいし、手書きでコツコツ宛名を書いていると
何日掛かっても、終わりそうにない。
そこで考えて、純正のインクに付いていた金色の小さなシールのようなものを
剥がして、それを純正でないインクに両面テープで付けてみることにした。
シールはちいさなもので、両面テープも本当に細かく切った。
すると爪をたてても、両面テープの裏についている白い保護の紙がはがせない。
寒くて手はかじかむし、シールは床に落ちて、どこに行ったかわからなくなる。
はずしていた眼鏡をかけなおして、這いつくばって床の上を探した。
はらり、と落ちたはずなのに、こんなところに、と思うような場所で見つかった。しかし、両面テープに砂がついて、また一からやり直し。
さあ、今度はちゃんと貼れたので、これで動くかと思ったら
やっぱり純正でないから、動かないのだそうだ。
強情な奴だなあ。
あっさり騙されて動くかと思ったけど、こりゃダメか。
仕方なく手書きで宛名を書くことにした。
力仕事で腕が震えて、始めは上手く書けなかった字も
だんだん良くなってきた。
いいぞ、たまには字の練習もしないと、味わいのある字にはならないもんな。
二十枚くらい書くと、良いあんばいになってきて
始めに書いたものは書き直したくなった。
そんなことで、今年は年賀状ではない、
いつもとはちょっと違った葉書を書いている。
昨日は暖かかったのに、今日はまた冷え込んで、
宛名を書く手がかじかんでいる。
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お骨を拾ってもまだ。
24/Dec.2017 [Sun] 15:53
お骨を拾って、葬式も終えたのに、まだ夕方になると
病院に行こうとして、身体が身構える。
病院に行くのは仕込みとはまた違った力の入ることで
どうしても身構えて身体に力を入れないと、足が向かない。
しかし、もう葬儀も終えて、今は自宅にお骨を安置してあるので
そのまま家に帰って、線香を供えればいいのに、どうしても
朝や夕方になると、そのことを考えて身体が反応している。
麹を造る日は三日が必要で、その晩は工場に泊り込んで仕事をする。
こうして仕事をするようになって何年経つのか、もうはっきりしたことは
わからないけれど、夜中まで麹を見て、家に帰る途中で居眠り運転をしかけたことがあってから、家を借りることにした。
その家には簡単なベッドを二つ置いて、あとは食卓と台所、風呂も付いている。
安普請なので、冷気が家の中に容赦なく入ってきて、一度布団に潜り込むと
なかなか出ることが出来なくなる。
父が具合が悪くなってからは、夜中に電話が鳴ると驚いて目を覚ます。
一度は明け方に電話があって、びっくりして電話に出ると、従兄弟から
台風で道路わきの屋根のスレートが落ちかかっているから、気をつけるように
という内容でホッとした。
下を歩く人に重いスレートが落ちれば大変なことになるのだけれど、しかし
それでも、ホッとした。
父はときどきは病院で目を開けていることがあって、
「おーい」と話しかけると、目をぱちくりすることもあったし
何かを喋ろうとすることもあった。
途中からは酸素マスクを付けられて、そのゴムが伸びて、マスクははずれ掛けていることもよくあった。
もう、具合は明らかに良くないけれど、それでも次の日になると、また恢復していることもあった。
手や足はむくんで、喉の周りも水が溜まったようになって、そういうときはたいてい熱を出していた。
若いインターンの医者がちょっといいですか? と言って、病人のすぐ脇で大きな声で話し出すこともあった。
食道に出来ているがん細胞が脳にまで達していることが、昨日スキャンをして
わかったんです、と言った。
耳だって聞こえるし、声に明らかに反応しているのに、そんなことを大きな声で言うかなあ、と訝しく思った。
なによりこんなに具合の悪い人間をCTスキャン室まで連れて行って、あの轟音のする器械に潜らせたことにびっくりした。
そんなことをしなくても、もう長くないことは見ればわかるのに、と思いながら、(そうですか、ありがとうございました)と頭を下げて、お医者さんを廊下に引っ張って、そこで話しを聞いた。
麹に種を付けて、明日の朝にはもうタンクに出すことになっている夜中に電話が掛かってきて、姉からだった。
「今ね、呼吸が止まって、すぐに病院に来てくださいって連絡があった」
と言った。落ちついた低い声だった。
慌てて着替えて、一度工場に寄って、麹の様子を見てから、病院に向かった。
星が冷たい空にさえざえと光っていて、それを見上げた。
まだ額は熱かったけれど、もう息はしていなかった。
お骨を拾っているときに、死ぬってなんだろうな? と改めて思った。
生きていて、星を見上げて、今度はお骨になっている。
それはどういうことだろう? とまた昔から考えていることを改めて想った。
お坊さんは、三途の川を渡るときに、一本目の川はゆるやかに、それから急流に、最後は激流を渡ってあの世に行くのだ、と話していた。
しかし、死ぬということはどういうことか尋ねてみる気にはならなかった。
曹洞宗のお経の中に
「生を明らめ、死を明きらむるは仏家一大事の因縁なり」
というくだりが出てきて、そのことを、このお坊さんに訊いてみようかな?
といつも思う。
葬儀のときにはそのお経本を一緒に唱えるように、と言うのである。
しかし、どうしても、それを尋ねてみる気にはなれない。
それは自分で紐解くしかないのではないか? と思う。
亡くなって、葬儀が始まるまでに、お坊さんの都合や、友引が入って
二日ほど時間があった。
そのあいだに、工場に出かけては、麹を出してタンクに入れた。
翌日には麦を蒸して、仕込みをした。
よく喋る、叔母がいて、途切れなく喋っている。
父はこの妹が来ると、
「いつ帰るんだ?」
と訊いていた。
(うるさいから、もう帰れって言うことなのよ)
とその妹は、不満そうな、困ったような顔をして言っていた。
そんな人がたくさん来て、父の棺の周りであれこれ喋っている。
自分は賑やかなのはあまり得意ではないので、醗酵するもろみの
静かに浮かんでは消える泡を見つめているほうが、父と話しているような気持ちになった。

(お香典は戴いておりませんので、ご了承くださいますよう、お願い致します)
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タキシード
21/Nov.2017 [Tue] 17:29
国税局主催の鑑評会で優等賞を貰った。
表彰式が先週あって、ぼくは仕込みで出席できないので
友人のタケシ君に代わりに出てもらった。
そのタケシ君からメールが来て
「表彰式にはタキシードを着ていけば良いですか?」
と書いてあった。
うはは、タキシード。
いや、やっぱり晴れの舞台だから、タケシ君はそう思ったのかもしれない。
でもまあ、そんな人はいないので、普通の背広にネクタイで
出てくださいよ、と返事を書いた。
このあいだタケシ君が蔵に手伝いに来てくれたときに
「鑑評会で優等賞を取ったら、タケシ君が表彰式に出てくれよな」
と話して盛り上がったのだ。
ぼくはこの時期は焼酎の仕込みで忙しくて、とてもそれどころではなくなってしまう。
それで毎年、出品もしなかったのだけれど今年は審査員になったので
それなら、自分の造った焼酎も出してみよう、ということになったのだ。
その鑑評会に出かける日に、タケシ君も一緒に東京に帰ることになったので
船の中でどんなふうに審査が行われるか、を話した。
審査はもちろんブラインド方式となっていて、日本酒はあらかじめ40度に温められて、魔法瓶に入れられている。
焼酎は常温でグラスに入れられて、番号だけが振られている。
朝九時に集合して、すぐに日本酒の審査が始まる。
マークシート方式で、番号順に官能検査をしてゆく。
香り、味、など細かく分けられていて、そのひとつひとつを味わってゆくのである。
もちろん自分の造ったものも、わからないので点数を入れることは出来ない。
「じゃあ、自分の焼酎に特別ポイントを入れることも出来ないわけですか?」
とタケシ君は言った。
「そりゃそうだよ。そんなことが出来たら、審査じゃなくなっちゃうからね」
ぼくは言った。
審査は国税局の鑑定官室から四人、日本酒の蔵元から三人、焼酎の蔵元からはぼく一人、あとは主に鑑定の仕事に携わっている人が何人かいて、その人たちがそれぞれ官能試験をしたあとで、総評をすることになっている。
全体的にどうか、問題があるとすれば何か、など、一人一人が意見を述べてゆく。
朝九時から午後四時まで、そんなやりとりを何度もして、その結果が優等賞につながった、というわけである。
まあ、タケシ君は冗談だと思って、軽く返事をしたのかもしれない。
ぼくも半分は冗談のつもりで、
「表彰式に出てくれよな」
と言ったのだ。
それが本当になって、タケシ君はびっくりしていた。
表彰式が終わったあとで電話をしてみると
「めちゃくちゃ緊張しました」
と言っていた。
その表彰状が後日郵送されてきて、受け取ると感慨深い気持ちになった。
また今年も造りが始まる。
いくつまで出来るのか、もう本当に限界が来ているなあ、と思いながら
ぎりぎりのところで造っている。
それが形になって、褒められることが、こんなに嬉しいとは、思ってもみないことだった。
今年もまた頑張ります。
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鑑評会で優等賞を戴きました。
17/Nov.2017 [Fri] 17:02
このたび国税局主催の鑑評会で「御神火」が優等賞を受賞しました。
いつも応援してくださっている皆様に心より御礼申し上げます。
これからも精進して、味わいのある焼酎を造っていきたいと
思います。
今後ともご贔屓くださいますよう、よろしくお願い致します。
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次の台風が来て、壊れた屋根はどうなったか?
31/Oct.2017 [Tue] 16:50
それで次の台風が来て、どうなったか?
というと、壊れた屋根のあいだから
水がどんどん入ってきて、
倉庫の中は水浸しになってしまった。
それが結構な範囲で濡れていて
(ここは大丈夫だろう)
と思ってそのままにしていた包装紙も濡れていた。
ありゃー、こりゃもうダメかねえ?
と独り言を言いながら、それを片付けた。
工務店はまったく動く気配がなく
そうこうしているうちに、また雨が降りそうなことを
天気予報は言っている。
仕方がない、やっぱり自分で応急処置をするしかないなあ、
と思って、今日は軽トラックをオカムシのところまで借りに行って
それに長い梯子を載せて運んだ。
父は点滴を受けに姉が病院に連れて行ってくれたので
帰りはその父親を連れて家に帰って来なければいけない。
今朝、瓶詰めした焼酎はすぐにラベルを貼って、
うん、しかし、こうやって三つのことが同時に進行しているじゃないか。
素晴らしいことだなあ、と思った。
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台風は次々とやってくる。
27/Oct.2017 [Fri] 9:43
週末の台風はどうなったか? というと
倉庫の屋根を壊されてしまった。
とにかく風が夜中じゅう強く吹き荒れて
窓になにかが当たるんじゃないか、と思いながら
ずっとウトウト寝ていた。
朝になってもまだ風が吹いていて
外を見に行くと、自宅の屋根の馬の背の部分が風に飛ばされていた。
さらに倉庫はスレートが割れて、大きく穴が開き、下に水が流れてきていた。
水だけでなく、枯葉や小枝も穴から入り込んでいる。
スレートの割れた部分は、今にも下に落ちそうに風に揺れていて
しかし屋根が高くて梯子もかけることが出来ない。
大急ぎで建設会社に電話をしてみると
社長以外はみんな出払ってしまっていないということ。
それでも社長が見に来てくれて
休んでいた従業員の人も出てきてくれた。
ブルトーザーの大きいものを出してきて
それに従業員の人が乗って、取り外してもらって事なきを得た。
しかしこれを直すには、時間が掛かりそうで
修理の見積もりを出してもらっているあいだに
また台風が来そうな気配である。
仕方がないので、そのまま穴が開いた状態で、台風が来るのを
待っている。
待っているわけではないけれど、どうしようもない。
考えても仕方がないのである。
自宅の屋根は自分で直した。
釘ではがされたところを打ちつけて、これなら飛ばされることもないだろう。
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楽しみにしてくださる人がいたんだ。
26/Oct.2017 [Thu] 17:30
新島のM原さんに会ったときに
「ブログが更新されるとメールで教えてくれる機能があるから
それを使って、タニグチさんのブログを読んでいるんです」
と話してくれた。
「おっ、来た来たー、ってね」
と言って宮原さんは嬉しそうに笑っていた。
そうか、今はそういう機能があって、いちいちブログを見に行かなくても
更新されれば教えてくれるのか。
それにしても、ずいぶん更新していなかったな、と自分の日記を振り返って
思った。
書きたいことはたくさんある。
やる気もあって、今は新しい旅日記のようなものを書いている。
でもそれを、このブログでアップする気にもなれない。
どうしてだろうか?
なにか、自分のことを書くのが恥ずかしくなってしまった。
人にもあまり興味がなくなってしまったし、雀や蜘蛛の話ばかりでは読んでいるほうだってつまらないのではないか? と思ってしまう。
そんなことを考えているよりも、夕方、仕事を終えて帰ってくると、やることがたくさんあって、なかなかこの日記を書く余裕がなくなってしまった。
今日は台風で、早くに家に帰ってきたので、こうして書く時間を作ることができた。
今、興味があることは何かって?
あのですね、高校時代から持っているレコードを聴くのが愉しみで、ところが針がもう古くなって、音がかすれるようになってしまったんですよ。
それでね、秋葉原に出向いて、以前レコード針を買っていたお店に行ってみたら、もう店がなくなってしまっていたんです。
それで・・。

あとは、自分の身体のことですね。
今年に入って、思い立って、強健術という、丹田を鍛える体操とでもいうんでしょうか、そういうものを習いに行っているんですけど、横隔膜がなかなか広がらなくて、でもこれが広がるようになったら、自分の身体はずいぶん変わるな、と確信したんですね。でもなかなか授業に参加できなくて、残念だなあ、と思っているところなんですね。

あとは、そうです、もう確実に濃密なものを造りだす気力が減っているので、とにかく書きたいこととじっくり向き合いたい、と思っているんですね。

焼酎はどうかって? いや、今年は造りを少し変えて、もっと旨いものを造る計画を練っています。
御神火の芋、飲みましたか? 今、売っている焼酎、旨いですよ。
あとは御神火凪海の35度。
これはもう買われるとなくなるので言いたくないんですけど、本当に素晴らしい。もうね、これ以上のものが出来るのか? っていうくらいのものを瓶詰めしています。値段が安すぎますね。
あとは「御神火おやじごろし」これも素晴らしいですね。一滴の中に宇宙が広がっている。麦だけでこんなものが造れるのか? という驚きに満ちている。

父親のことを看ていて、自分もあっという間に、こんなふうになってしまうなあ、と確信しましてね、一年があっという間に過ぎてゆくので、とにかく、やりたいことを優先して、生きていこうと、そう思っているわけです。
この日記を楽しみにしてくださる人がいることが判って、そうか申し訳なかった、と思っているところです。
M原さん、大切なことを教えてくださってありがとうございました。
なるべくこの日記も更新していくつもりですけど、
「ああ、またなにか他のことに夢中になっているんだな」
と思っていただけたら、ありがたいです。
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いずれ行く道。
22/Oct.2017 [Sun] 17:10
父親の足が弱って、きちんと歩くことが出来なくなってしまった。
トイレに行くのも大変で、行く途中で転びそうで危なくて仕方がない。
オムツをしてもらい、それにすれば良いから、と言っても、やっぱりトイレに行きたいらしい。
それでも、まだ夜は自分の家で一人で寝るので、夜も見に行かなくてはならなくなった。
いつも父のことを見てくれている姉が出かけてしまい、先週からはぼく一人で父を看ることになった。
朝と晩はご飯を食べさせるとして、昼間はどうしたらいいか、途方にくれた。
工場に連れていこうか、とも思ったけれど、寝かせておくような場所がない。
知らない場所に行くと、不安になるので、外に出たがる。
つまり一人にしておけないのだ。
仕事場は自分一人なので、父親のことを看ていると仕事がまったく進まない。
「結いの家」という高齢者を見てくれるケアサービスの施設があって、ここに訊いてみたら? と教えてくれる人がいた。
今までは週に二回ここに行って、お風呂に入れてもらっていたのである。
直接行って訊いてみると、今のところは空いているので、毎日、来ても良いことになった。
「一人で看るって大変でしょう? 何もわからないまま、介護を始めたら、ふつうの百倍たいへんなのよ」
結いの家の代表者であるI瀬さんがそう言ってくれた。
本当にそうなのだ。
着るものの世話、オムツを履かせること、食事の支度、夜も外に出てしまっていないか、家の中で倒れていないか、本当に気が狂いそうになる。
でも朝、着替えさせておけば、岩瀬さんが迎えに来てくれて、結いの家まで連れて行ってくれるので、本当にありがたい。
お昼を食べさせてくれて、お風呂にも入れてもらって、夕方家まで連れてきてくれるのである。
児童託児所がなくて困っている若いお母さんも多いらしいけれど、高齢者を預かってもらえる施設も、これからは必要になってくるんだろうなあ、と実感した。
さあ、これから、夕ご飯を作って、それを食べさせて、ベッドで寝てもらわなければならない。
しかし、これが簡単には寝てくれなくて、また困ってしまう。
「まだ早いよ」
とか
「自分で寝るからいいよ」
と必ず言うのである。
しかしベッドまで歩けないのに、どうやって自分で寝るのか? そう訊いても
「大丈夫だ」
と言うばかりである。
父の世話をしていると、消耗が激しくて、仕事以外は何もできなくなってしまった。
暇があれば寝ているような状態で、関係なく涙も出てくる。
世の中には、ぼくよりも、もっと大変な介護をしている人もたくさんいることだろう。
結いの家には本当に感謝してもしきれない。
「ありがとうございます、本当に助かります」、と今日はI瀬さんに会ったので、心からそう言って頭を下げた。
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秘剣さんに捧げる焼酎
20/Oct.2017 [Fri] 16:31
秘剣さんことW田博温さんが逝かれた、という知らせを
友人から教えてもらった。
えーっ? という言葉がまず口から漏れて、あとは言葉が出てこなかった。
どういう状況だったのか、近頃具合が悪かったのか
詳しいことは何もわからないままである。
お葬式には出られないので、奥様に宛てて花を送った。
するとその奥様から電話があって、
「長いこと患っていたけど、誰にも言わないでくれ」と言われていた、と
話してくれたのだそうだ。(ちょうど電話を貰ったときに出かけていて奥様と話すことは出来なかった)
そうか、秘剣さん、そんなことがあったのか。
何にも知らなくて悪かったなあ。
焼酎ブームも過ぎ去って、世間の焼酎に対する熱もすっかり消えてしまった。
あの頃は楽しかったけれど、辛いことも多かったなあ、と思う。
今日は当時の日記を読み返して、秘剣さんと初めて会ったときのことを
思い返していた。
14年前に、秘剣さんは大島に来て、うちの蔵の蒸留を見ていかれた。
それが焼酎工場を見学する初めてのことだったという。
そのときに蒸留した焼酎に「一期一会」というラベルを貼って、同席した大分の望月さんと、秘剣さんにその焼酎を送った。
タンクには今でもその焼酎が眠っている。
今日は猪口を二つ置いて、一杯は秘剣さんに、それを捧げた。
14年が経って、深い味わいになっていた。
そうだ、この焼酎を池袋のベッタコさんのカウンターに置いてもらって
秘剣さんの友人の方々に飲んでもらうというのはどうだろう?
そのときは必ず、猪口は二つ用意してもらい、一杯は秘剣さんに捧げる形にする。そうすれば秘剣さんもカウンターに立ち寄ってくれるかもしれない。
東京に出かけて、ベッタコの入り口から中を覗くと、秘剣さんが飲んでいる姿がいつも見えた。
「おっ、今日もやっているな」
と思った。本当に焼酎の好きな人だった。
まずは奥様とベッタコさんに相談しなければいけない。
秘剣さん、どうぞ安らかに眠ってください。
長い闘病生活を垣間見せなかったその姿には驚かされました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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