日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」 |
「それで手術の方は?」
ぼくは言った。 「うまくいきましたよ。ご安心ください」 先生は、もう一度、腰をかがめて、しゃがむようにして、顔をぼくの耳に近づけるようにすると、そう言った。 眼には見えないけれど、そういう心遣いは、ありがたいことだと思った。 「どんな状態だったんでしょう?」 ぼくは言った。 「簡単に言うと、眼に強い衝撃が与えられたことで、網膜がはがれてしまったんです」 先生は言った。 静かな落ち着いた声だった。 comments (2) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「初めまして、タニグチです。このたびはありがとうございました」
ぼくは言った。 「具合はどうですか? 傷が痛んだりしますか?」 「いえ、痛みはありません。それより、この縛られている手はなんとかならないものでしょうか?」 ぼくは言った。 「ああ、これですか。もう大丈夫かな? いや患者さんによっては無意識のうちに眼を触ったり、包帯をほどいたりしてしまう人もいるんです。特に寝ているあいだに、そういうことが起きやすいんですが、まあ良いかな?」 先生はそう言うと、包帯を解いてくれた。 「ありがとうございます。楽になりました」 ぼくは言った。 眼の具合はどうなのか? いつ頃包帯が取れて、退院出来るのか? それも聞きたかった。 comments (4) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
午後になって食べると、胸焼けがする。
そのまま夜になって、いつも気分が悪くなるけれど、妻に言うと「馬鹿じゃないの」と言われるので、黙っている。 一杯飲めば胸焼けも治るかと思ったけれど、治らなかった。 落花生は袋に一杯ある。 でも、だいぶ食べて、残りはあと少し。 誰か、大事に食べてくれる人がいたら、差し上げたいと思いながらこんなに食べてしまった。鼻に抜ける香りがこうばしいのが良い。 ディレクターはそれを美味しそうに食べる。 「美味しいでしょう?」 とぼくは聞いた。 「美味しいですね」 と彼は言った。 「良かったら、持っていきますか?」 と言って、残り少ない落花生を袋ごと彼にあげた。 「ありがとうございます」と言ってディレクターは、それを鞄の中にすぐにしまった。 (あっ、しまっちゃった) とそれを見て思った。 (まあ、やってみるか) と心の中で思った。 放送予定日 2010年3月5日 NHK総合第1チャンネル 「新トーキョー人の選択」 午後8時から8時43分 comments (6) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
朝10時半ごろ、ここに着いて、もうお昼を過ぎる時間になった。
妻も忙しくて、お客様にお昼を作る時間がない。 「どこか外に出かけてご飯を食べてきて」と言われている。 しかし、ディレクターはお昼は要らないのか、その素振りさえ見せない。 蔵を一通り見てもらったあとで、お茶を出した。 お腹が空いたので、落花生をお茶請けに小皿に盛った。 これは先日、伊豆からいらしたお客さんに頂いた落花生である。 香ばしくて、美味しい。 はじめは一粒ずつ食べていたけれど、そのうちざらざらと口の中に入れて食べてしまう。 必ず、そうなる。 放送予定日 2010年3月5日 NHK総合第1チャンネル 「新トーキョー人の選択」 午後8時から8時43分 comments (2) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「わかりました。それでは、その時期になりましたら、ここにお電話を頂けると、ありがたいのですがね」
男はそう言って、名刺を先生に差し出した。 眼には見えないけれど、そういう音が、耳元まで聞こえてきた。 男はそれだけを言うと、あとは挨拶もせずに部屋を出ていったらしかった。 「タニグチさん、手術を担当した石川です。初めまして」 石川先生は言った。 comments (1) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「私は手術を担当した、医師の石川と申します。できたら今は患者さんの安静を保ちたいのですが・・・」
声の主は言った。 「そうですか。それは失礼しました。いや、捜査が出来ないと、犯人も捕まえられませんから・・・」 男は言った。 (ぼくが犯人かもしれないって、今言ったばかりなのに)と心の中で思った。 「とにかく、患者さんをしばらくは安静に保ちたいんです。興奮すると、眼球も動くので、手術をした意味がなくなってしまいますからね」 先生は言った。 comments (3) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「タニグチさんが被害者か、加害者なのか、その判断ができなくなります」
男は言った。面倒そうな口調だった。 「蹴られて、こうして手術をしていても、ですか?」 ぼくは言った。 「その相手のことを知っているのは今のところタニグチさんだけですから」 男は言った。 何気なく発した言葉の端をとらえて、逆手に取るような質問を投げられるのは、あまり気持ちの良いものではないな、と思った。 「あまり患者さんを興奮させないでください」 後ろからもう一人、男の声がした。 低い、威厳があるような声だった。 comments (3) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「伊豆大島です。ぼくはふだんはそこで暮らしているんですよ」
ぼくは言った。 「なぜ、大島で薬を処方してもらわないんですか?」 男は言った。 (そんなことどうだって良いでしょう?) と心の中で思った。 「それが今、話しとして必要なんでしょうか?」 ぼくは言った。 ベッドの下から聞こえる水滴のような音は、また早くなってきている。 「ええ、必要ですね。あなたのことを私は知らないわけですから」 男は言った。 「これに答えないと、どうなるんでしょう?」 ぼくは言った。 comments (3) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「病院に行こうと思っていたんですよ。歩いて病院まで、行こうと思って・・・」
ぼくは言った。 「犬を連れて? 犬猫病院ですか?」 男は言った。 (犬猫病院という人がいまだにいるんだ。この人は何歳くらいなんだろう? と心の中で思った) 「いえ。先日、大島でスズメ蜂に刺されまして、次回、スズメ蜂に刺されてもアレルギー反応でショック死しないための薬を処方してもらいに行こうとしていたんです」 ぼくは言った。 「大島? 大島ってどこ?」 男は言った。 comments (3) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
「それでタニグチさん。あの日、あったことを教えて欲しいんですが、まず何があったんでしょう?」
男は言った。 「あの通りを、犬を連れて歩いていると、四つ角からバイクが出てきたんです」 「あの通りって、どの通り?」 男はすかさず言った。 語調がまた強くなって、取り調べを受けているような気分になった。 「さあ? 何通りというのかは知りません。ぼくも初めて歩いた道ですから」 ぼくは言った。 「どうして歩いていたんですか?」 男は言った。 comments (3) : trackback (x) : PAGE UP↑↑↑
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