日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
鳥たちの囀り。
22/Feb.2021 [Mon] 14:16
裏山に歩きに出かけるとウグイスが鳴いていることに気がついた。
今までは「ぺちょ」っという風に鳴いていたのに春の温かさを感じたのか
「ホーホケキョ」
という風に鳴き出した。
それがあちこちで聞こえるので嬉しくなった。
一緒に歩いている妻は鳥が鳴くと
「あれは何の鳥?」
とぼくに聞く。
ぼくが知っている鳥の声はウグイス、ヒヨドリ、メジロ、ホトトギスの四種類だけだ。
このうちウグイスとメジロは冬に鳴く声と春になってからの鳴き声が変わることも何となく知った。
でもそれも本当かどうか、調べたわけでもないので自分だけの思い込みかもしれない。
今日はまた違った声の鳥の鳴き声が聞こえた。
「ヤマケイのアプリを買おうかな? でも高いんだよ」
と妻が言った。
そのアプリは山と渓谷社の出しているもので
鳥の画像と鳴き声も入っているのだそうだ。
昔ぼくの母親が持っていた鳥類図鑑というものに
カセットテープも付いていて、それで鳥の声も聞くことができたけれどもうどこに行ったのか、わからなくなってしまった。
母も鳥が好きで、鳥の声を聞くとどんな鳥なのか知りたかったのだと思った。
もともとラジオのアナウンサーをしていたので音に興味があったのかもしれない。
山の中で目を瞑り耳を澄ますと色々な音や声が聞こえてきて嬉しくなる。
春がもうそこまできていて、それが鳥の囀りでも手に取るようにわかる。
春だ春だ、と心の中で思った。
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おでんの具になってみた。
19/Feb.2021 [Fri] 14:10
リエさんがお風呂に入れる新作をくれた。
なんと「大根の葉っぱ」を乾燥させて袋に詰めたものだそうだ。
「おでんになったつもりで入ってくださいね」
とリエさんは笑いながら言っている。
どう答えて良いのかわからなくて絶句してしまった。
うちでは大根の葉っぱはお味噌汁の中やお昼に食べる野菜スープに入れて食べるので、こういう使い方があることにまず驚いた。
リエさんはお風呂に入れる入浴剤の研究に余念がなく、それを自分で売っているので、さまざまな素材を試しているのかもしれない。
それで大根の葉っぱというものを試したらしかった。
早速、夕方に家に帰って、お風呂を沸かして、その袋を入れてみた。
匂いがすごい。たしかおでんだ、と思った。
お風呂というより、これは料理の鍋の中である。気持ちが落ち着かないのでリラックスできないほどすごい匂いだった。
妻にも不評で「あれはちょっと」と言われた。
温まることに関しては汗がすぐに出てくる優れものである。
でも、やっぱり匂いが凄すぎて、うーん、と思った。
リエさんは研究熱心なので次は何が来るか楽しみである。
もっとすごいものが来るのかどうか、来たらまた実験が始まることになる。みなさんも是非試してみてくださいよ。大根の葉っぱのお風呂。すごいぞ。汗もどんどん出るのでデトックスにはもってこいの入浴剤だ。
世の中には色々な楽しみがあるものだなぁ、と、思った。
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よっちゃん再び。
11/Feb.2021 [Thu] 22:30
山の中を歩いていると、よっちゃんがまたスルスルっと車できて
「こんなもの食う?」
と言いながらポケットから緑色の木の芽のようなものを出して見せてくれた。
ふきのとうで「あっ大好き」と言うと「じゃあこれから畑に行って採って来るから、ちょっと待ってて」と言われた。
「去年の日記を見たら今くらいに採れたから、もう時期じゃないかな? と思って」とボソボソした声で言った。
よっちゃんは日記をつけているんだと思うと嬉しくなった。
季節のものを食べるのは本当に嬉しい。苦味が身体に効いて冬に溜まった悪いものが出てゆく。
「じゃあ車の前で待っててな、すぐにいくからよ」と言われた。
よっちゃん(かどうかも知らないけれど、とにかくよっちゃん)は優しい。なぜぼくに優しくしてくれるのか、本当にありがたい気持ちで胸が一杯になる。
それで歩いた後で猿に威嚇されながら待っているとよっちゃんが来て紅いおしゃれなジャケットのポケットの中からもう手品のようにいくらでもふきのとうを出してくれた。
最後には100円ライターまで出てきて一緒に、笑った。
夜にそのいただいたふきのとうを焼いて食べた。苦味が効いて美味しかった。
味噌の和え物も妻が作ってくれてこれも美味しかった。
その晩、寝ていてシャツが濡れるほど汗をかいた。
今日はよっちゃん(かどうかわからないけど)ありがとうございます、本当にありがとうございます、と山に向かって手を合わせた。何しろどこに向かって手を合わせれば良いのか、家も知らないのである。それで神さまに向き合うようにとにかく手を合わせた。
みぞれが降って、手が痺れるように冷たかった。
でも心はありがたい気持ちで一杯になった。
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今日はまた風がものすごく吹いている。
04/Feb.2021 [Thu] 15:51
暮れに除雪車の作業中になくなったお爺さんの話をラジオのニュースで聞いた。
晦日の日におばあさんが家に帰ってくると、重機が倒れていて、その下からおじいさんが見つかった。おじいさんはもう息が絶えていた、ということだった。
短いニュースだったけれど、この話がいつまでも忘れられなくて時々思い出す。
暮れにおじいさんが亡くなって、おばあさんはどうしただろう? お正月を過ぎてお葬式になって、もう落ち着いただろうか? と考えると胸を塞がれる気持ちになる。
また雪が降ってきて除雪車の事故が増えているのだそうだ。除雪をする時に安全装置を解除しないように、と今日はまたラジオのニュースで言っていた。それがどういうものかは知らないけれど、安全装置をオンにしておくと面倒くさくて仕事にならないのかもしれない。
大島では雪は降らないのでその苦労は知らない。でも、とにかく大変なことだろう。
歳を取ってもう体力も落ちているのに屋根に登って雪を下ろしたり、寒い中除雪車に乗ることだって大変なことだ。
雪かきをしなければ家が潰されてしまうわけで、大変なことはよくわかる。
辛いことだ。
雪が降るほどの寒波の到来で大島では低気圧が来て、風がものすごく吹いている。それでまた倉庫の屋根が飛ばされてしまった。例の風が吹くと音を立てていたベニヤ板である。
そのベニヤ板をとうとう風で千切られてしまったというわけだった。
地域によって住み辛い場所も沢山ある。春になればまた輝くところも今は人が死んでしまうほど荒れ狂う。
自然はものすごい力でとにかく圧倒される。
終わりがないのでもう書かないけれど、残されたおばあさんがどうされているか、近くにいればお菓子でも持って訪ねたいと思った。
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よっちゃんと夏みかん。
27/Jan.2021 [Wed] 14:16
よっちゃんが夏みかんをくれた。
本当はその人がよっちゃんというのかどうかも知らない。
昨年の夏の夕方に汗をかきながら山の中を歩いていると、車がスルスルっと寄ってきて、「タニグチさん? エイキュウさん?」と聞かれた。
島の中では名前で呼ばれることが多く、「ヒデ」とか「ひでぼ」とか呼ばれることが多い。
それをわざわざ作家ネームで呼ばれるとものすごく恥ずかしい気持ちになる。
焼酎工場のある場所は生まれ育った地元ではないので、その村の人のことはほとんど知らない。
「俺はタケシと同級生なの」と言われてそれから親しく話すようになった。タケシはぼくの歳上の従兄弟である。
以来、よっちゃんが車で通りかかると必ず車を停めて話しかけてくれるのだ。
ある日は妻とムカゴを採っているところによっちゃん(と思われる人)が通り掛かって「何してんの?」と、聞かれた。これこれこういうわけで「もう少しムカゴが採れるとムカゴご飯が炊ける」ことを話すと「へえ」と言った。
翌日になって「ほれ」と言われてビニール袋を手渡された。ムカゴがたくさん入っていて、それをくれると言う。
なんて優しい人なんだろう、我々にとっては神様のような人だと、思った。
焼酎の仕込みの麦を運びながらその話を手伝ってくれているヒトフさんに話すと「それはよっちゃんかな?」と言ったので、以来我々はその人をよっちゃんと、密かに呼んでいる。
昨日はそのよっちゃんに何か御礼をしたいと思って飴を持ってきた。なにしろよっちゃんがどこに住んでいるのかも知らない。山の中で会うだけなのだ。だからよっちゃんが通りかかったらその時に飴を渡そうと思って持ち歩いていたのである。飴の袋は結構重くて
しかしそういう時にはよっちゃんは来ない。そんな日が二日ほど続いて、とうとうよっちゃんに会えた。すると飴を渡すより先に夏みかんをくれると言う。
畑でたくさん出来るので、猿やカラスにつつかれないうちに採ったのだそうだ。
蜜柑は大好きで、家に帰ってからまず蜜柑を食べるのが近頃の習慣になった。めまいがして気持ち悪くても蜜柑なら食べられるからだ。ちょうど蜜柑が無くなって買いに行かなきゃと思っていたところなのでものすごくありがたかった。それで飴を渡すとよっちゃんは喜んで、さらに蜜柑をくれた。この蜜柑は農薬も使っていないので、皮は干してお風呂に入る時にも使っている。これがじんわり温まって良い心地である。
なんとありがたいことだろうか。
よっちゃんかどうか、いつも名前を聞きそびれてしまうけれど、ありがたい気持ちで山の中を歩く。よっちゃんいつもありがとう、とよっちゃんかどうかわからない人のことを想いながらこれを書いている。
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お魚さんありがとう。
23/Jan.2021 [Sat] 10:06
熱帯魚が好きで家には小さな水槽がある。
結婚した当時に買ったもので
今でもそれを使っている。
今飼っているのはグッピーでこれがやたらと増える。
見ると小さな小さな稚魚が生まれていて
「また産まれているよ」
と妻に報告するのが日課のようになってしまった。
小さな水槽なので、こんなに生まれて大丈夫なんだろうか
と心配になるけれど、大丈夫らしい。
朝起きてゆくと、もう本当に魚の群れが水面で塊になって蠢いているように見える。
餌が欲しいと言っているのだ。
それで餌をあげると、今度は水草に生えた苔を食べ始める。
それを見た妻が
「餌あげなよ」
と言うので困ってしまう。
今あげたばかりなのに、どうしてお前たちはそんなにがっついているんだ? と思ってしまう。
水草も元気で、植えてから枯れもせず何年もそのままになっている。稚魚が多いので、掃除も出来ないのだ。
でも飼っているものが元気で活きいきしているのを見るのはありがたいことだ。
犬も可愛かったけれど、魚だって可愛い。犬は嘘もついたけど魚は嘘もつかないし、文句も言わない。そのかわりきちんと見ていないと何も言わずに死んでしまうので責任重大である。
生まれてくる稚魚がどんな色をしているのかを眺めるのも楽しみだ。近頃産まれたものは尾ひれの部分だけオレンジ色であとはグレー。これが綺麗でびっくりした。
寒くなってきたのでヒーターを入れて水温を上げた。この間まで暑くて水温を下げるのに苦労をしていたのになぁ。お魚さんありがとう。
いつも元気でありがとう。
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たぶん、たぶん、たぶん。
20/Jan.2021 [Wed] 13:56
ラジオを聴いていたらナットキングコールの「キサス-キサス-キサス」という曲が流れてきて、ああこれは映画の「花様年華」で流れていた曲だったな、と思い出した。
花様年華、不思議な味わいのある良い映画でしたね。大好きな映画のひとつでまた観たくなった。
香港のアパートの隣同士に住む男女の話だけれど、これが良いのである。主人公の男が、彼女に惹かれながらその一線を越えられない。でもそこが良いのである。路地裏の風景や食事の風景も大好きで何度観ても「良いなぁ」と思う。
コロナが流行って家から出ない日が多いので家にあるDVDを繰り返し観ることが多い。
家にあってよく観るのは「羊たちの沈黙」これはストーリー展開がものすごく面白い。
「イエスマン」もよく観る。ノーとばかり言っていた主人公がノーと言わなくなったことで人生がどんどん変わってゆく話で、笑って観ているけど確かになぁと思うところも多い。来た災難はすべて自分で受けなさい、という話を聞いたことがあるけれど、その通りのことを言っているのだ。
あとは「遥かなる山の呼び声」山田洋次監督作品。これも良い映画だ。高倉健が殺人を犯して北海道の中を隠れながら流浪している。倍賞千恵子が一人で切り盛りする牧場にフラッと来て、そこから話が始まる。何度観てもラストでは必ず泣いてしまう。ハナ肇が良い味だった。
山田洋次監督の「家族」という映画もあって、これは身につまされる。瀬戸内で漁協をしている家族が次第にその仕事では食べられなくなり、埋め立てに使う石を積んで尾道まで運ぶ仕事をするようになる。けれどもその船も古くなり、修理にもお金が掛かるのでこれからどうするか? 家族で考えてゆく話だ。近代化の波に押されて、それまでの仕事を捨てて大都市に移ってゆく家族の姿を淡々と描いた秀作である。
「ブレードランナー」もよく観る。続編の2049も何度も観て、最近ようやくストーリーが飲み込めた。
この間はトムハンクス主演の「人生への回り道」という映画を観た。これも良い映画だった。優しい気持ちになる映画でまだ観ていない人にはお勧めしたい一本である。
映画は良いなぁ。
花様年華を観たら「青いパパイヤの香り」も観たくなって、そうなると「覇王別姫」も観たくなる。
トムハンクスなら「ビッグ」も好きだ。今は時間があるのでそんなことも出来る。ありがたいことである。
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年賀状を眺める楽しみ。
15/Jan.2021 [Fri] 15:04
年賀状が来て、それを眺めるのが楽しみだ。
定年退職をした人は山に登る人が多いのか、一年間で制覇した山の写真を載せる人が多かった。
自転車に乗って1000キロ走破したという友人もいた。大島が一周42キロなので、それを考えるとすごい。
癌が良くなりつつあるとある友人もいた。なんて嬉しいお知らせだろう。素晴らしいことである。

北海道に住む友人からはラジオのコンシェルジュをしているという知らせも受けた。
バーコードリーダーが付いていて、早速聴いてみた。
おおー芸達者だ。
素晴らしい。良いなあ、みんな頑張っているなぁ。

同級生のU村くんからは家族の写真が送られてきた。
この家族の写真を見るのも毎年の楽しみだ。娘さんがどんどん成長して、写真の前面に出てきている。その家族の写真の横に小さな手書きの文字で「hpいつも楽しく拝見しています」と、書かれている。
懐かしいなぁU村くん。
大学に通いながら働いていた神楽坂の酒屋で一緒だったのだ。初めて回転寿司に連れて行ってくれたのもUくんだった。神保町だったな。寿司が回転ベルトに載って流れてくるのには胸が躍った。「俺は28皿喰った」「俺なんか32皿喰ったもんな」と自慢げに言い合って若かったなあ。
あとは滝○ロ事件というのがあって、当時は金もなく部屋で飲むことが多く、しかしこのUくんは酒に弱いのに大食いで、三階のぼくの部屋で酔っ払ったあと雑魚寝をしていて、吐き気を催し、しかしトイレは2階なので間に合わず、階段の上から下まで吐いたという大人物てある。しかもそれを片付けずに学校に行ってしまった。
日中働いていたぼくと石岡さんの二人で昼休みの時間を目一杯使ってこの滝のようなものを片付けた思い出がある。
胃液の酸で木の階段の塗料が剥げていたのが驚きだった。こんなことが今小説を書くことに役立っている。
お前、この話を娘さんにもしてあげろよな、と年賀状の写真を見ながら心の中で思った。今年の写真の中でU村くんは少し微笑んでいてなんだか嬉しそうだ。
友達って良いもんだなぁ、同級生でなきゃこんなこと書けないもんな。
もうお互いに歳だから、一度みんなで会いたいもんだと思っている。
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ワクワクすること、ありますか?
06/Jan.2021 [Wed] 22:05
近頃はワクワクする夢を見ることが多い。
そういう夢を見るのは決まって焼酎の仕込みをしているときだ。
たぶん、肉体的にも精神的にもギリギリのところまで追い詰められて
その反動で夢は楽しいものを見るように脳がしているのではないか
と思われる。
自分のことなのに、自分の領域の範囲外ということがまず面白い。
銀河系のことを考えている地球人のような壮大な気持ちになる。
昨日の夢はイラストと文章で綴る一枚の原稿を描いていて
それが面白いので、自分でも笑ってしまう、というものだった。
ここをもっと描き込んでみたらいいのではないか?
と思って、描き込んでゆくと、いじりすぎて、つまらなくなってやめた。
そんなふうに試行錯誤を繰り返して出来あがったものがなかなか良いものになって
満足したという夢である。
目が覚めて思い返してみると、年賀状のことを考えていたらしいことがなんとなく分かった。
一行の面白さと描写力が自分にはないので、それをなんとか出来ないか? と考えているらしい。
しかし、夢の中ではいい線まで行っているのである。
年賀状を書いていないので早くやらなきゃ、という焦りもあるのだろう。(すみません、もう少しお待ちください)
頭は大きくても、使う脳みその領域は小さいので
(こんな頭で一生懸命考えているんやなあ、健気やなあ)
と何故か関西弁で思った。
とにかく今見る夢は楽しいものが多いことだけは確かだ。しかもよく眠れる。お正月はゆっくりしようと、一日10時間くらい眠った。高校生に戻ったような気分だ。
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目では食べたいものばかり。
03/Jan.2021 [Sun] 12:07
朝はお粥と味噌汁、昼は玄米を茶碗に一膳と野菜ラーメン、夜は野菜の煮込みが一品か二品、というのがいつもの食事だ。
昨年は痩せてしまい、体力も無いので仕込みの重労働に耐えられるか? と思ったけれど、かと言って栄養のあるものも食べられない。
そんなわけで体重もさらに減った。しかしこんな食事でも身体は平気らしく
「なーんだ、こんな粗食でもやっていけるんだ」
と分かった。特に栄養のあるものを食べなくとも身体は持っている。身体を使う仕事なので、塩だけはきちんと摂っている。
(でも仕事を終えてご飯の前に一杯やりながらチーズとナッツを食べるのでこれでも栄養を充分摂っているのかもしれない)
本来が食べ過ぎだったんだろう。
アンパン一つが食べられないので、一度に四分の一ずつゆっくりよく噛んで食べる。そうしないと胃が苦しくなるからだ。
食べたいものが無くなっていくのと、あれも食べたい、これも食べたいと思うのとどっちが良いか? と言われたらやはり美味しくなんでも食べられる方が楽しいだろう。
欲がなくなってくると、世間の言っていることからも離れて、なんだか世の中から半歩くらい遠ざかったような気持ちになる。
人が面白いと言うものも、あまり興味がないし、そうだ、即身成仏になる人が最後は漆を飲んで胃をきれいにしたと言うことを聞いたけれど、そんなふうになりつつあるのかな? と思った。
即身成仏になりたいわけではない。けれどもゆっくりとそれに近づいているらしい。
歳を重ねてどこか悪いところも特になく、毎日飲む薬もない。同年代の人は高血圧だとか、糖尿だとか、薬をザラザラ飲んでいるけれど、そんなものも必要ない。
ごく自然に、生きたまま即身成仏に近づいていけるのならこんなにありがたいことはない。そのままコロッといけるのならどんなにいいかと思う。
正月早々ロクでもないことを書きやがるな、と思われる人も多いだろう。でも、今はそんな気持ちだ。青い空がそのまま自分のようなとても澄んだ気持ちだ。
無理に食べなくても良いんだ、ということがわかって目から鱗が落ちた。
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