日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
さつま芋の時期がやってきた。
18/Nov.2015 [Wed] 18:05
「今年のさつま芋の仕込みはどうなることやら・・・」
このあいだ、タケシ君が遊びに来たときにそう呟いた。
すると
「ぼくがやりますよ」
そうタケシ君が言ってくれた。
「本当? ありがとう」
そう言ったけれど、
あいつ,ちゃんと来るのかなあ?
と思っていたら、来てくれた。
タケシ君、懐かしいですね。
昔の日記に出てくる、日本料理屋を国立でやっているタケシ君。
今では店を八軒も持っているという。
あの頼りなさそうに見えるタケシ君が
社長として、八軒の飲食店を経営しているのだそうだ。
すごいねえ、タケシ君。
ぼくにも自慢なので
「この人はねえ、飲食店を八軒も持っているんですよ」
と紹介すると、紹介されたほうも一瞬驚いた顔をして
息を呑むように口を開ける。
見る目がいきなり変わるというか
(そうなんですか? へえーっ)という
その表情が面白い。
でも、いくら社長でも、身体が動くとは限らない。
なにしろタケシ君は、のんびりしている。
口を開けて嬉しそうに笑っていることが多い。
芋の仕込みは辛い肉体労働に加えて
機敏さと細やかさも要求される。
ところが、タケシ君はきちんと要求通りの仕事をしてくれた。
おおーっ、タケシ君、やるじゃん。
ぼくがそう言うとタケシ君は嬉しそうな顔をして
にっこり笑った。
こういう人に支えられて、
さつま芋は美味しい焼酎の結晶に
なってゆくんだなあ。
ありがとう、タケシ君。
本当にありがとう。
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 味わい深い。
15/Dec.2014 [Mon] 17:31
痩せましたね。
一ヶ月で三キロ半くらい。
仕事がきついので、痩せるらしい。
最初はじわじわと体重が落ちて
先日は一日で一キロも落ちた。
良いじゃないかって?
良いですよ。
ありがたいことである。
あんなに落ちなかった体重が一日で一キロも
落ちるなら、こんなに良いことはない。
でも、その日の仕事は本当に辛かった。
もう、身体が言うことを聞かない、という言葉が
身に染みてぴったりと貼りついてくる。
無重力状態からいきなり重力を掛けると
こんなふうになるかなあ? というような
腕や足の重み。
いつもやっている麦を運ぶ作業が
延々と続くように感じる。
それで一キロ、一日で落ちた。
麹菌も身体に入り込んで、本当に苦しい。
苦しくて涙が出る。
苦しくて泣くなんていうことがあるのか?
と自分でも思うけれど、とにかく涙が出る。
人にそういうと笑われるけれど
本当にそうなので、自分でも感心する。
でも、一年のうちに何ヶ月か、こういうことが
あるのも良いことかもしれない。
お金を出しても味わうことの出来ない苦しみが
あるなんて、なかなかあるもんじゃない。
過ぎてしまえば、すぐに忘れてしまうことだ。
楽ばかりでも良いけれど、身体はすぐになまってしまう。
そうだ、頑張れ。
もう少し。
美味しいものを造るには、まず自分が苦労を
しなければ、出来ない味があるはずなんだ。
味わい、というのはそういうところから生まれるんじゃないか?
と今、急に思っている。
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時代を感じるなあ。
27/Nov.2014 [Thu] 7:09
赤瀬川さんのお葬式が終わって、大急ぎで大島に戻った。
蔵に入るとすぐに、送ってもらった器械を取り出す。
テスターを使って、どこまで電気が来ているのかを
試してみた。
そうか、ここから先の電気が来ていないんだ。
ということは?
ということは? たぶん、この線のどこかが断線している
ということになる。
しかし、この配線の太い束の中からその断線を探し当てることは
今は難しいだろう。
もう、今すぐにでも麦を蒸したいのである。
そこで器械を送ってもらった、メーカーの担当のS羽さんに
電話をしてみた。
今、テスターを使って、調べてみたけれど
たぶん、ここから電気が来ていないんだと思う、
と電話を使って言った。
ふだん使っている電話の子機では
親機との距離がありすぎて、使えないので
持っている携帯電話を使った。
携帯電話は便利だなあ。
こういうときに本当にありがたみを感じる。
だって、今まで、携帯電話がなかった時代には
子機が使えなかったので、もう一台電話を増やすしかなかったのだ。
どんな時代かって?
いや、たった、20年前のことだ。
15年前だって、そんなだった。
25年前にはファクシミリが出始めたころで
原稿の仕事をポツポツ貰って仕事をしていたけれど
まだファクシミリは高くて手が出なかった。
赤瀬川さんから、イラストを描く仕事を貰って
しかしそのためには赤瀬川さんの書いた原稿を
どこかで受けとらなければならない。
そこで、アパートから外に出て、街を歩く。
不動産屋さんが目に入ったのでそこに入ってゆく。
事情を話して、ファクスを受け取らせてもらえないか?
と聞いてみる。
たいていはどこでも、受け取らせてくれた。
今では、個人情報とか、紙代とか、そんなことを言って
簡単には行かないような気がする。
まあ、そんな時代が25年前だった。
赤瀬川さんもこれを喜んで、
「次はどこに送るのか? 楽しみだねえ。
考えるとワクワクするねえ」
と言っていた。
本当に嬉しそうだった。
赤瀬川さんが亡くなって、本当に残念だけれど
病気で苦しんでいるのを見るのも辛かった。
だから、そこから解放されたことは、良かったですね、
と心から思った。
えーと、何の話でしたっけ?
そうだ、電話が便利だ、という話しだ。
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古くても良いものがある。
02/Dec.2013 [Mon] 19:35
今年は仕込みを始める時期がいつもより遅くなった。
それはそうとして、焼酎に関する器械が
ずいぶん故障する。
まずはじめに壊れたのが、麦を蒸すドラムの温度感知器。
センサーという言葉も使うけれど
うちの器械は古いので感知器と言ったほうがしっくりくる。
どうして古いのか? というと
今使っている器械なら、ぼくでも直せるというのが
一番大きな要因である。
新しい器械になるとコンピュータ基盤が入っているので
故障の原因が突き止められない。
ところが今の器械なら、ここをこうして、ということが
だいたい分かる。
仕込みを始めてすぐに温度感知器が故障をして
表示が出なくなってしまった。
それなら、温度を検知する温度計測棒が故障している
可能性が高い。
それを調べてみると、こっちには異常がないことがわかった。
そうなると、本体の感知器のほうだろう。
予備の感知器があるので、それに替えてみた。
なんとかいけそうなので、しばらくはそれを使った。
ところが、どうも、感知する温度が低いように思った。
となると、麹の温度も低くなるので
これは具合が良くない。
メーカーに問い合わせると
「えーっ? まだその器械を使っているんですか?」
と訊かれた。
今は新しい器械に変わっているので
ぼくの使っているものでは修理もできないという。
そう言いながら担当者が電話のむこうで笑っている。
実はそのことも知っていて、しかしなんとかこの器械が
使えないものかと思って、製造元に直接掛け合って
修理を依頼して使っていたのである。
年代物であることもよく分かっている。
でもまあ、これを修理をするにしても時間が掛かることだろう。
予備の手持ちも、もうない。
それで新しいものを発注して
それが昨日、ようやく届いた。
今日はそれを配線しなおして、
ようやく正しい温度を検知するようになった。
やれやれ。
今年は修理をしながら焼酎を造る年になりそうだ。
負けないぞ。
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なんとかならないものでしょうか? 
25/Nov.2013 [Mon] 19:23
麹(こうじ)を作り始めたら、とたんに身体の調子が良くない。
身体に何かが入ってきて、
背中の筋肉がもだえる。
気分が良くない。
悪いことを考える。
また冬の造りが始まって、今年も苦しい。
なんとかならないものか?
と思って、今までずいぶん色々なことをしてきた。
鍼もしているし、漢方薬も飲んでいる。
それも利いてきて、造っていない時期は
調子が良くなってきている。
ただ、麹を扱う時期になると
どうしても具合が悪い。
菌が抜けるまでジッと我慢するしかない。
鍼の治療に出かけたときに
阪本さんに
「なんとかならないものか?」
と訊いてみた。
すると阪本さんは昔作った、麹菌の黒焼きを飲んでみろ、と言う。
麹菌の種を炭化させたものを昔、阪本さんに作ってもらったことがあった。
作ってもらってすぐにそれをなめてみたら
ものすごく具合が悪くなって
それ以来、黒焼きは飲んでいない。
「それはね、麹が身体に入っているときに飲まなきゃ駄目ですよ」
と阪本さんは言った。
つまり今、具合の悪いときにこの麹菌を炭化させたものを
飲めば良いのではないか? という。
今、ぼくの身体には麹菌が入り込んで、陰性になっている。
ところが菌を炭化させることによって
黒焼きは陽性に変わるので、
それを飲むことによってショック療法のようなことが
起きるらしい。
今日は麹を作っていて、今ものすごく具合が悪い。
そこでこの黒焼きを飲んでみた。
十分単位の感覚で、身体の具合がものすごく変わっている。
なんというか、具合が良くなったり悪くなったりしている。
その度合いが激しくて、身体がついていかない。
焼酎を造るには、この麹と付き合うしかないわけで
なんとかこの苦しみと共存できないか、と思っている。
ちょっと前までは「逃れたい」と思ってきた。
でも今は「共存できないか?」と思っている。
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イベントのお知らせ 新
03/Jun.2009 [Wed] 7:21
谷口酒造が参加するイベントのお知らせです。
まず6月27日土曜日の横浜焼酎委員会に
今年も参加します。
もちろん、私、谷口英久が出席します。
(詳細は横浜焼酎委員会http://www.y-chu.jp/まで)

続いて9月12日、土曜日に
東京愛らんどが主催する焼酎の会に出席します。
今回は、八丈島の磯崎酒造VS伊豆大島の谷口酒造。
磯崎さんは常圧焼酎にこだわる蔵。
火花散る対決になるか? これも見逃せません。
定員は少ないので、ご興味のある方は
お早めにお申し込みください。
(詳細は東京愛らんど03−5472−6546まで)

さらにもうひとつ。

9月13日、日曜日に池袋ベッタコで焼酎の会を開く予定です。
ここは私、谷口英久が一人で参加。
楽しい会になりそうです。ここも少人数制ですので
お早めにお申し込みください。

(詳細は池袋ベッタコ03−3987−7982まで)
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まっすぐの心と旅。 横浜。 3
02/Jul.2008 [Wed] 8:19
今回は面白いことが、ひとつあった。
実はこの会に参加をするにあたって
助っ人を一人頼んだ。
まだ会ったことのない、青年である。
名前をタツミ君という。
焼酎が好きな、東京農大の学生だという。
農大には発酵の研究室があるので、そこで勉強をしている。
それで時間を見つけては、気になる蔵を訪れているらしい。
ぼくが不在のときに、このタツミ君がうちの蔵にも来た。
「良い子だから、会ってみたら良いよ」
と妻に言われた。
妻のこういう勘は、大したものなので
よく覚えていた。
しかし、なかなかその機会がない。
タツミ君は、どこかの蔵で蔵子として造りをしたいらしい。
それなら今日、手伝ってもらうかわりに
夜の宴に参加してみないかい? と誘った。
夜の宴には、イベントの出席者しか、出られないという。
酒販店や業者は一切参加できない。
酒屋もいない。
商売の話は抜きで、楽しもう、ということらしい。
だから、手伝いでも、酒屋さんは、入り込めないのである。
タツミ君は学生なので、そこは大丈夫。
色々な蔵元と話をして、仕事をさせてくれる蔵を探すには
彼にとって絶好の機会だと思ったので、そう誘った。
(しかし、会ったことのない人をよくもまあ・・・)
と何人かの人に呆れた顔で言われた。
「でも良い子でしょ?」
そう口にする人には、タツミ君を前にしてそう言った。
みんな、顔をほころばせて頷いている。
タツミ君とは、ボチボチと色々なことを話した。
旅が好きなんだそうだ。
歩いて九州の蔵元を廻った、という。
大学を卒業したら、旅もしたい、と呟くように言った。
「それは良いよ」
とぼくは言った。
若いうちにしか経験できないことが、旅の中には、ある。
「でも就職もしないと両親も心配します・・・」
タツミ君は言う。
ぼくは何も言わない。
ただ微笑むだけだ。
「本気は伝わる」
それは彼に教わった言葉だと思う。
彼はその言葉は知らない。
自分ではそれに気が付いていないのだろう。
言葉よりも、実体のほうが大切である。
いつか彼も本気を無くすことがあるだろうか?
さあ、それはわからない。
ぼくはどうだろう?
さあ、それもわからない。
(でも、旅は良いよ。ねえ?)
横浜の海の風に吹かれて、ぼくはタツミ君の
うつむき加減の横顔を見ながらそう思った。
本当の言葉は相手にまっすぐに入ってゆく。
しかしそれでも伝えきれないものに、
ほんの少し気持ちが宿る。
それがぼくの焼酎だ。

多くの人に飲んで貰えなくても
「う? まーい」
と言ってもらえる人に出会えて本当に良かった。
なによりもタツミ君に
「レギュラー酒が好きです」
と言ってもらえたのがうれしかった。
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まっすぐの心と旅。 横浜。 2
01/Jul.2008 [Tue] 7:38
なにしろイベントに来るお客さんは酔っている。
立っていられないほど酔っぱらっている人も多くいる。
そういう人の眼は怖ろしい。
「お、まえは凪海みたいな良いものだけ
造っていればいいんだよ。
レギュラー酒なんてや・・めちまえ」
眼の細い痩せた神経質そうな男に、
そう絡まれたことがあった。
焼酎ブームが始まった頃の話だ。
レギュラー酒を飲んでくれる人がいるから
良いものが造れるのだ。
しかしそのときは、何も言うことができなかった。
一人で造ることは自慢できる話ではない。
でも、一人で造る時間が、ぼくには大切だ。
同じように旅をする時間も大切だ。
見知らぬ土地の、言葉の通じない場所に立って
現地の人と心が通う瞬間が、好きだ。
ぼくのような異国人に
親切にしてくれる人がいることを
肌で感じることもとても大切なことだ。
でも、それを声高に言うつもりもない。
旅が好きな人もいれば、嫌いな人だっている。
説明をしたって、通じないことはいくらでもある。
それで、この時期は毎年、静かに旅に出る。
もう15年も通っている、イタリアの小さな村があって
ここの人たちはみんな、
「帰ってきたんだね」
と我々(妻とぼく)の顔を見ると言う。
15年は短かったなあ、と15年来の
最初は言葉の通じなかった友人の顔を見て思った。
あの頃は焼酎を造ろうなんて夢にも思わなかった。
原稿を書くことにすこし焦ってもいた。
なんとか旅費を捻出して
足りないものは歩いたり、
食べなかったりして旅を続けた。
その旅が今でも続いている。
「金がある人は良いよな」
「俺にはとてもそんな時間はないよ」
でも、旅はそういうことでは、ない。
どう言われれも、旅は続けたい。
そんなことでこれまでは予定がどうしても合わず、
横浜焼酎委員会には
出席することができなかった。
ところが今年は、帰ってきた翌日に
横浜のイベントがあるので
「それなら、参加させてください」
とこちらからお願いをした。
あんなに熱心に誘ってくれる人が(蔵元の友人も含めて)
何人もいるのだから
きっと楽しいに違いない、と思ったのだ。
本気の心は、まっすぐに心に届く。
なによりも、大切なことだ。
ぼくが焼酎を造るのは技術ではない。
本気の心が、飲み手に届くのだと思う。
今回、横浜のイベントに参加して、そう思った。
絡む人もいなくて、上品な飲み手に何人も巡り会った。
イベントを良いものにしたい、というボランティアの人々の
熱意に支えられているなあ、と会のあいだじゅう感じた。
(つづく)
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まっすぐの心と旅。横浜。 1
30/Jun.2008 [Mon] 7:44
身体は帰ってきているのに、心はまだ戻ってこない。
旅の話である。
長旅で、ねぐらをしょっちゅう替えるので
自分が今どこにいるのか、わからなくなる。
起きているときはわかっているつもりでも
眠ってしまうとわからなくなってしまう。
そうしてまだ旅の途中のまま
気持ちだけが浮遊しているような夢をみている。

今回は日本に戻ってすぐに
「横浜焼酎委員会」に参加をした。
前日の夜遅くに東京に着いて、何時間か眠ったあとで
横浜に出かけた。イベントには滅多に出ないので
「どうしてまた?」
と思う人も多いかもしれない。
このイベントを主催している方のお一人から
毎年、熱心に手紙を頂いた。
イベントに出るのは、あまり好きではない。
焼酎の味を知って貰うことは大切なことだけれど
「うちの近くのどこで買えるの?」
と飲んだ人に必ず訊かれる。
たいていの人は、酒は近所の酒屋さんで買うものだと
おもっているのである。
それは当然のことだ。
しかし、ぼくの造る焼酎は数が限られている。
何しろ一人で造るのだし、
気持ちの籠もったものを造りたいと思っている。
伊豆大島という流通の滞った場所から
その人の住む近くの酒屋さんに焼酎を届けるのは
むつかしい。
しかし、それを短い時間でうまく伝える言葉を
ぼくは持っていない。
(つづく)
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張りつめた滴。 (いつもの連載はお休みしました)
29/Mar.2008 [Sat] 7:54
桜を見上げるような気持ちでいつもいたい。
そう思うけれど、冬はその気持ちを忘れてしまう。
桜が咲く頃になってようやく、
そんな嬉しいような
晴々とした気持ちになる。
焼酎を自分で造り始めて、十年になった。
このあいだにどんなことをしたのか、
と今日改めて考えた。
やってみたいと思ったことは試してきた、と思った。
しかし、失敗して売れなくなれば、
それはすべて自分の責任だから
尻拭いも自分でしなければならない。

先日、とある居酒屋の店主に、
焼酎蔵の若い杜氏さんを紹介された。
カウンターに並んで、ポツンポツンと話した。
彼の造った焼酎を飲ませてもらう。
正直なところを言えば、芯のない味だと思った。
ひとつひとつを見直して造りを重ねるしか、道はない。
しかし、そんなことを彼に話して、
どうなるか? とも思った。
彼の造る麦焼酎は麦麹だという。
その麦の蒸かしはどうか? と尋ねた。
「麦の大きさがバラバラでむつかしい」
と言った。
(ガンバッテ)と心の中で思った。
昔の自分を思い出した。

焼酎は一滴の中に宇宙が拡がる。
宇宙がないものには奥行きがない。
では、どうしたら宇宙を滴の中に込められるのか?
込めるわけではない、
と、また考える。
無限の拡がりが循環して
その中に結晶として現れるのだ、と思う。
冬の気持ちは「祈り」に似ている。
どうか、うまく麦が蒸けますように。
どうか、麹菌が麦につきますように。
酒母の香が良くなりますように。
ひとつひとつが重なって、
張りつめた滴となるまで
緊張の連続である。
日々の生活のすべてがそこに現れる。
今年も奥歯を噛みしめすぎて、歯が二本だめになった。
冬のあいだ、身体は悲鳴をあげている。
自分の造るものに、宇宙は宿っているだろうか?
若い杜氏さんを前にして、
結局自分のことを顧みることになった。
答えは、ない。
焼酎と寄り添って、生きてゆくしかない。
造ったものが熟成を重ねて応えてくれるから
また新しいものを造ろうという気持ちになる。
今年も造りが終わって、桜を見上げている。
青空の中に咲く白い花が満開である。
春を迎えられて良かった、と心の底から思っている。
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