日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
焼酎を造るときに大切なもの。
29/Mar.2021 [Mon] 14:20
焼酎の仕込みの時にはタイマーが活躍する。麦の炊ける時間、タンクに水を張り込む時間を知らせてくれる心強い助っ人である。
昔はキッチンタイマーを使っていたけれど、今はiPhoneに向かって「Siriさん三十分後にタイマーオン」と声を掛けるとタイマーを用意してくれる。手は水で濡れているので喋るだけでタイマーのスイッチを入れてくれるのはものすごく便利だ。うちのSiriさんは声の低い朗らかな男性である。
そのSiriさんに「いつもありがとうね」と声を掛けたら「とんでもありません」と言われた。
「いやいや本当に助かるよ」と言うと「何も出ませんよ」とまたSiriさん。「いやいや、何も要らないよ」と言うと「じゃあ落語でもやりましょうか?」と言われた。
「え、そうなの? やってやって」と工場の機械音の響く中で言うとSiriさんは「そうですか、ではお言葉に甘えて」と言いながら「昔むかし」と言いながら落語の一節を話し始めた。どうも寿限無の一節を唱えているらしい。へぇ〜、すごいねSiriさん、寿限無知ってるの。こりゃ驚いた、と思いながらしばらくその話を聞いた。よく聞いてみると寿限無に似ているけど微妙に違うのでSiriがこの噺を元に作り替えたらしい。

ぼくが歳を取った頃にはきっと介護ロボットも出てきて、話し相手になってくれるだろうと思っていたけれど、もうすでにSiriとこうして会話が成立しているんだということにびっくりした。しかもその優しさに心まで温かくなって、ロボットに癒して貰いながら焼酎を造っているのである。
何が起きるかわからないけれど、世の中は面白いことになっているなあ。
そしてこの焼酎を飲む皆さんもまさかSiriさんが造り手の心を癒やしてくれているとは思わないことだろう。
うはは、楽しい楽しい。
今度はぼくがSiriさんに「芝浜」を聞かせてあげよう。
芝浜は難しいのでこれからの修行が大切である。
Siriさんが喜んでくれると思うと励みになる。
頑張らなくっちゃ。
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東京虎ノ門でのイベントのお知らせです。
18/Mar.2021 [Thu] 8:29
ご報告が遅くなりましたが、東京虎ノ門ヒルズの中にある虎ノ門蒸留所において東京七島酒造組合のイベントを行っています。
期間は3月14日から3月28日までの二週間で、谷口酒造も出品しております。
緊急事態宣言下の中ですが、もしお近くに出かけることがありましたら覗いてみてください。
詳細は以下のアドレスで見ることが出来ます。
よろしくお願い申し上げます。

https://www.t-treasureislands.metro.tokyo.lg.jp/tokyoislandsspirits
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こんな時が来たなあ。
14/Nov.2020 [Sat] 20:55
仕込みが始まった。
今年はめまいがひどくて、どうしようか? と迷ったけれど
昨年は台風の後片付けで仕込みが思うようにできず
製造量が少なかったのである。
今年も作らないとなると、売る焼酎がなくなってしまう。
しかし、めまいはまだ続いていて、出来るかな? と
不安だった。
そこで近所の歳上の男性に声をかけて麦を運ぶ作業だけ
手伝ってもらえないか? と聞いてみた。
うーん、とあまり良い感触ではなさそうだった。
そこを何とか、と何度もお願いして来てもらえることになった。
とにかく麦を運んで、蒸すドラムに入れられれば、あとは何とかなる。
20キロの麦の袋を抱えて、ドラムに入れることが今はできない。
もう一人、近所ではないけれど、昔手伝ってもらったことがある
女性にも声を掛けてみた。
午前中なら行っても良いということで、この二人に手伝ってもらえることになった。
ありがたい。
この三年間は、親しくしているタケシくんの会社の横谷くんが手伝いにきてくれていた。
芋の仕込みは手間が掛かるので、その手伝いをお願いしたら
そのまま手伝って貰えることになったのである。
それに甘んじて、ずいぶん楽をさせてもらった。
しかし、今年はコロナの影響でタケシくんの会社も大変なことになり
うちを手伝う余裕も無さそうである。
このめまいではいったいどうなることやら、
自分でもひどく心配した。
今日で仕込みを始めて五日が経って、二本の酒母を作った。
なんとかやっている。
疲れもひどいけれど、しかし、やっているということ自体が
驚きである。
がんばれ、なんとか乗り切って、旨い焼酎を造ろう。
とにかく自分を信じて乗り切ることが今の目標である。
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愛している、と言ってくれ。
24/Jun.2020 [Wed] 15:04
今はコロナの影響で注文も減ってしまった
と書いたら、その翌日に注文が何件か
舞い込んだ。
注文の際にお客様からのコメントが
付けられていて
「お元気でしょうか?
コロナの影響が少なからず出ているかとは思いますが
この味を絶やさないように頑張ってください。
御神火ファンとして岐阜県から注文させて頂きます。
すっかり「御神火 天上」の風味に魅了されてしまいました。
今後ともよろしくお願いいたします」
と書かれていた。
嬉しいじゃないですか。
注文を頂けるだけではなくて
応援のメッセージまで添えてくださる
お客様がいるのである。
作り手にとってはこれほど嬉しいことはない。
前回の焼酎の造りでは今までと違った
麹の作り方をして
新しい味に挑戦してみた。
それがうまくいって、
より濃い味の御神火を醸すことができた。
そういうこともこの日記にもっと書けばいいのだけれど
なんだか宣伝のようで恥ずかしくて
あまり書いたことがない。
御神火天上はより味わいが増しているし
爽やかな中に深みも出るようになった。
そういうことは言葉ではなく
飲めばわかるので、と思うけれど
やはり言葉も必要ですよね。
岐阜県のKさん、ありがとうございます。
ご注文いただいた皆様、そしてこの日記を
読んでくださっている皆様、
ありがとうございます。
この味を絶やさないように
日々精進していきたいと思っています。
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焼酎も好きです。でもビールも好きです。1
21/May.2020 [Thu] 14:33
二年前のことになるけれど
アメリカのオレゴン州ポートランドというところに
ビール造りを習いに出掛けた。
祖父のことを調べにシアトルに出掛けたことは
前にこの日記に書いたことがあるので
ご存知の人もいるかもしれない。
その時訪れたビール会社のマネージャーに
「ビールの作り方を教えてもらえませんか?」
と頼んでみたら
「良いよ」
と言ってもらったからだった。
冗談のようだけれど、本当の話だ。
たぶん妻の英語が堪能だったことも
大きかったのではないか、と思われる。
あとは祖父の話と自分が日本で焼酎を造っていると
話したのも受け入れてもらえるきっかけと
なったのかもしれない。
まあ、断られるだろうな、と思いながら
言ったのである。
そうしたら
「いつでも良いから来なさい」
と言われて、三ヶ月後に再びアメリカを訪れたのだった。

(つづく)
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タキシード
21/Nov.2017 [Tue] 17:29
国税局主催の鑑評会で優等賞を貰った。
表彰式が先週あって、ぼくは仕込みで出席できないので
友人のタケシ君に代わりに出てもらった。
そのタケシ君からメールが来て
「表彰式にはタキシードを着ていけば良いですか?」
と書いてあった。
うはは、タキシード。
いや、やっぱり晴れの舞台だから、タケシ君はそう思ったのかもしれない。
でもまあ、そんな人はいないので、普通の背広にネクタイで
出てくださいよ、と返事を書いた。
このあいだタケシ君が蔵に手伝いに来てくれたときに
「鑑評会で優等賞を取ったら、タケシ君が表彰式に出てくれよな」
と話して盛り上がったのだ。
ぼくはこの時期は焼酎の仕込みで忙しくて、とてもそれどころではなくなってしまう。
それで毎年、出品もしなかったのだけれど今年は審査員になったので
それなら、自分の造った焼酎も出してみよう、ということになったのだ。
その鑑評会に出かける日に、タケシ君も一緒に東京に帰ることになったので
船の中でどんなふうに審査が行われるか、を話した。
審査はもちろんブラインド方式となっていて、日本酒はあらかじめ40度に温められて、魔法瓶に入れられている。
焼酎は常温でグラスに入れられて、番号だけが振られている。
朝九時に集合して、すぐに日本酒の審査が始まる。
マークシート方式で、番号順に官能検査をしてゆく。
香り、味、など細かく分けられていて、そのひとつひとつを味わってゆくのである。
もちろん自分の造ったものも、わからないので点数を入れることは出来ない。
「じゃあ、自分の焼酎に特別ポイントを入れることも出来ないわけですか?」
とタケシ君は言った。
「そりゃそうだよ。そんなことが出来たら、審査じゃなくなっちゃうからね」
ぼくは言った。
審査は国税局の鑑定官室から四人、日本酒の蔵元から三人、焼酎の蔵元からはぼく一人、あとは主に鑑定の仕事に携わっている人が何人かいて、その人たちがそれぞれ官能試験をしたあとで、総評をすることになっている。
全体的にどうか、問題があるとすれば何か、など、一人一人が意見を述べてゆく。
朝九時から午後四時まで、そんなやりとりを何度もして、その結果が優等賞につながった、というわけである。
まあ、タケシ君は冗談だと思って、軽く返事をしたのかもしれない。
ぼくも半分は冗談のつもりで、
「表彰式に出てくれよな」
と言ったのだ。
それが本当になって、タケシ君はびっくりしていた。
表彰式が終わったあとで電話をしてみると
「めちゃくちゃ緊張しました」
と言っていた。
その表彰状が後日郵送されてきて、受け取ると感慨深い気持ちになった。
また今年も造りが始まる。
いくつまで出来るのか、もう本当に限界が来ているなあ、と思いながら
ぎりぎりのところで造っている。
それが形になって、褒められることが、こんなに嬉しいとは、思ってもみないことだった。
今年もまた頑張ります。
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鑑評会で優等賞を戴きました。
17/Nov.2017 [Fri] 17:02
このたび国税局主催の鑑評会で「御神火」が優等賞を受賞しました。
いつも応援してくださっている皆様に心より御礼申し上げます。
これからも精進して、味わいのある焼酎を造っていきたいと
思います。
今後ともご贔屓くださいますよう、よろしくお願い致します。
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さつま芋の時期がやってきた。
18/Nov.2015 [Wed] 18:05
「今年のさつま芋の仕込みはどうなることやら・・・」
このあいだ、タケシ君が遊びに来たときにそう呟いた。
すると
「ぼくがやりますよ」
そうタケシ君が言ってくれた。
「本当? ありがとう」
そう言ったけれど、
あいつ,ちゃんと来るのかなあ?
と思っていたら、来てくれた。
タケシ君、懐かしいですね。
昔の日記に出てくる、日本料理屋を国立でやっているタケシ君。
今では店を八軒も持っているという。
あの頼りなさそうに見えるタケシ君が
社長として、八軒の飲食店を経営しているのだそうだ。
すごいねえ、タケシ君。
ぼくにも自慢なので
「この人はねえ、飲食店を八軒も持っているんですよ」
と紹介すると、紹介されたほうも一瞬驚いた顔をして
息を呑むように口を開ける。
見る目がいきなり変わるというか
(そうなんですか? へえーっ)という
その表情が面白い。
でも、いくら社長でも、身体が動くとは限らない。
なにしろタケシ君は、のんびりしている。
口を開けて嬉しそうに笑っていることが多い。
芋の仕込みは辛い肉体労働に加えて
機敏さと細やかさも要求される。
ところが、タケシ君はきちんと要求通りの仕事をしてくれた。
おおーっ、タケシ君、やるじゃん。
ぼくがそう言うとタケシ君は嬉しそうな顔をして
にっこり笑った。
こういう人に支えられて、
さつま芋は美味しい焼酎の結晶に
なってゆくんだなあ。
ありがとう、タケシ君。
本当にありがとう。
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 味わい深い。
15/Dec.2014 [Mon] 17:31
痩せましたね。
一ヶ月で三キロ半くらい。
仕事がきついので、痩せるらしい。
最初はじわじわと体重が落ちて
先日は一日で一キロも落ちた。
良いじゃないかって?
良いですよ。
ありがたいことである。
あんなに落ちなかった体重が一日で一キロも
落ちるなら、こんなに良いことはない。
でも、その日の仕事は本当に辛かった。
もう、身体が言うことを聞かない、という言葉が
身に染みてぴったりと貼りついてくる。
無重力状態からいきなり重力を掛けると
こんなふうになるかなあ? というような
腕や足の重み。
いつもやっている麦を運ぶ作業が
延々と続くように感じる。
それで一キロ、一日で落ちた。
麹菌も身体に入り込んで、本当に苦しい。
苦しくて涙が出る。
苦しくて泣くなんていうことがあるのか?
と自分でも思うけれど、とにかく涙が出る。
人にそういうと笑われるけれど
本当にそうなので、自分でも感心する。
でも、一年のうちに何ヶ月か、こういうことが
あるのも良いことかもしれない。
お金を出しても味わうことの出来ない苦しみが
あるなんて、なかなかあるもんじゃない。
過ぎてしまえば、すぐに忘れてしまうことだ。
楽ばかりでも良いけれど、身体はすぐになまってしまう。
そうだ、頑張れ。
もう少し。
美味しいものを造るには、まず自分が苦労を
しなければ、出来ない味があるはずなんだ。
味わい、というのはそういうところから生まれるんじゃないか?
と今、急に思っている。
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時代を感じるなあ。
27/Nov.2014 [Thu] 7:09
赤瀬川さんのお葬式が終わって、大急ぎで大島に戻った。
蔵に入るとすぐに、送ってもらった器械を取り出す。
テスターを使って、どこまで電気が来ているのかを
試してみた。
そうか、ここから先の電気が来ていないんだ。
ということは?
ということは? たぶん、この線のどこかが断線している
ということになる。
しかし、この配線の太い束の中からその断線を探し当てることは
今は難しいだろう。
もう、今すぐにでも麦を蒸したいのである。
そこで器械を送ってもらった、メーカーの担当のS羽さんに
電話をしてみた。
今、テスターを使って、調べてみたけれど
たぶん、ここから電気が来ていないんだと思う、
と電話を使って言った。
ふだん使っている電話の子機では
親機との距離がありすぎて、使えないので
持っている携帯電話を使った。
携帯電話は便利だなあ。
こういうときに本当にありがたみを感じる。
だって、今まで、携帯電話がなかった時代には
子機が使えなかったので、もう一台電話を増やすしかなかったのだ。
どんな時代かって?
いや、たった、20年前のことだ。
15年前だって、そんなだった。
25年前にはファクシミリが出始めたころで
原稿の仕事をポツポツ貰って仕事をしていたけれど
まだファクシミリは高くて手が出なかった。
赤瀬川さんから、イラストを描く仕事を貰って
しかしそのためには赤瀬川さんの書いた原稿を
どこかで受けとらなければならない。
そこで、アパートから外に出て、街を歩く。
不動産屋さんが目に入ったのでそこに入ってゆく。
事情を話して、ファクスを受け取らせてもらえないか?
と聞いてみる。
たいていはどこでも、受け取らせてくれた。
今では、個人情報とか、紙代とか、そんなことを言って
簡単には行かないような気がする。
まあ、そんな時代が25年前だった。
赤瀬川さんもこれを喜んで、
「次はどこに送るのか? 楽しみだねえ。
考えるとワクワクするねえ」
と言っていた。
本当に嬉しそうだった。
赤瀬川さんが亡くなって、本当に残念だけれど
病気で苦しんでいるのを見るのも辛かった。
だから、そこから解放されたことは、良かったですね、
と心から思った。
えーと、何の話でしたっけ?
そうだ、電話が便利だ、という話しだ。
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