日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
それもご存知なんですか? 1111
14/Feb.2014 [Fri] 18:20
「それにしても、真冬に路上で暮らすのは、身体にもきついでしょう?」
ぼくは言った。
「いやいや、慣れてしまえば、何て言うことはないんですよ。
もう終わりも近いわけで、こうしているうちに、いつかは消えてなくなるでしょう」
おじいさんは言った。
自虐的でもなく、本当に素直にそう言っているように聞こえた。
「そうは言っても・・・」 
ぼくは言った。
「それよりタニグチさん。あなたは運が良いですね。
きっとご存知ないかと思いますが、あの日、私と別れたあとで、
タニグチさんは事故に遭いませんでしたか?」
おじいさんは言った。
路上は裏通りということもあるけれど、車もほとんど通らず、
午前中の温かい陽を浴びて、我々は話を続けた。
「はい、それもご存知なんですか? まいったなあ」
ぼくは言った。
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それを聞いてホッとしましたよ 1110
14/Feb.2014 [Fri] 18:17
「そういえば、鈴木さんの家の近くで、
誠子さんかと思うような女性に会いましたよ。
西洋風の家で、おばあさん一人で暮らしているんですけど、
そこでこのテツを預かってくれていたんです」
ぼくは言った。
「誠子が? うちの近所で?」
おじいさんは言った。
「はい。もしかしたらそんなこともあるのかな? と思ったんです」
ぼくは言った。
「いや、前にも話したとおり誠子は、タロを追いかけて、
洪水の渦に飲み込まれてしまいました。
ですから、その人は誠子とは違うことでしょう」
おじいさんは少し硬い表情になると、そう言った。
まだ何かを胸のうちにひそませているような気がした。
でも、それを追求してどうなる? という気持ちもあった。
「そうですか。やっぱり違ったんですね。変なことを言ってすみませんでした」
ぼくは言った。
「それでその子は、今までいた施設よりも、
もっと環境の良いところに移れることになって、私もホッとしました。
ですから、私の役目はこれで終わったことになります」
おじいさんは言った。
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そうだったんですか、としか言えなかった 1109
14/Feb.2014 [Fri] 18:14
「そうでしょうね。私にだって理解できませんよ。
土地も家も売って、赤の他人の娘さんの面倒を看ると、
誰かに相談されたら、反対したことでしょう。
でも、私にはもうやることもないし、身体が弱って、
老人ホームに入るつもりもありませんでした。
あの家と店も、ああしておいても仕方がありませんし、
それなら体力のあるうちに思い切って全部片づけてしまおう、と思いました」
おじいさんは言った。
「そうだったんですか」ぼくは言った。
「夏に、タニグチさんに、あそこで過ごした
何十年かの出来事を話したことで、
自分のことを客観的に見ることが出来ました。
ああして一人で過ごしていても、仕方がないし、
それよりは、このお金があの子の足しになるのなら、
それが一番良いんじゃないか、と思ったわけです。
誠子もあの子のことはずいぶん心配していましたしね。
誠子の子だったんですよ、あの子は」
おじいさんは言った。
「そうだったんですか・・・・。
いや、なんとなくそんな感じはしていたんですが、・・・
そうですか、・・・それなら、まだ納得がいきます」
ぼくは言った。
内心は驚いて、今の言葉だけでも口にした自分に少し驚いていた。
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お腹一杯になりましたか? 1108
14/Feb.2014 [Fri] 18:09
「足りましたか?」
ぼくは言った。
「ああ、温かいものを食べたのは、久しぶりで、本当に美味しかった」
おじいさんは満足そうに言うと、はずしていた軍手を再び手に付けた。
軍手は二枚、重ねて付けた。長いこと付けているからか、手の形になっている。
それを再び手に付けると、軍手はあるべきところに戻ったように手になじんだ。
「どうして浮浪者になったのか? 訊きたいでしょう?」
おじいさんは言った。
夏におじいさんと話したときのことを急に思い出した。
あのときのおじいさんが、目の前の浮浪者に乗り移っているような奇妙な感触をおぼえた。
「はい」
ぼくは言った。
「お金が無くなったんです。
それであの家と土地を売って、
自分が暮らしてゆく当面のお金は出来ました。
そのお金を入院費にも当てたんですよ」
おじいさんは言った。
「はい。鯛焼き屋さんの会長からその話を伺いました」
「ああ。そうだったんですか。会長さんから・・・。そうですか。
じゃあ、だいたいのことは知っているんですね?」
おじいさんは言った。
「いや、それだけしか知りません。
だいたい、どうして鈴木さんがその娘さんを看ることになったのか、
話を聞いてもまるで理解出来ませんでした」
ぼくは言った。
娘さん、というのは、誠子さんが以前付き合っていた、男の娘である。
その男と、奥さんのあいだに出来た子で、
重度の障害があった、と会長さんから教えられた。
誠子さんとその男が付き合ってゆくうちに、
男の奥さんは次第に調子を崩して、
とうとう自宅の裏だったか、木
の枝にビニールのヒモを引っかけて自殺を図った。
それを見つけた探偵が慌てて助けたけれど、
奥さんも後遺症が残り、娘さんを看る人はいなくなってしまった。
誠子さんも、犬を助けると言って、家を飛び出したことは、おじいさんから聞いた。
その娘さんをおじいさんが看ていたらしい。
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おせちそしてお雑煮  1107
04/Feb.2014 [Tue] 19:03
「今度はお雑煮にしましょう」
そう言って、焼いてきたお餅をお椀に入れると、そこにおつゆを注いだ。
水筒から出てきたおつゆは、朝日の中で湯気を立てた。
テツが食べたそうに横でそれを注視している。
おじいさんはそのことにも気がつかない様子で、
やはりお雑煮を食い入るように見つめていた。
お餅の上に三つ葉も載せようとしたけれど、
おじいさんはそれには気がつかず、
一心不乱といった面持ちで、お雑煮を食べた。
お雑煮を二杯、おせちもお椀に二回、入れて、
おじいさんはそれをぜんぶ平らげた。
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明けましておめでとうございます 1106
02/Feb.2014 [Sun] 18:51
「明けましておめでとうございます」
ぼくは言った。
おじいさんはキョトンとした顔をしてぼくを見つめた。
「今日はお正月? ですか?」
おじいさんは言った。
「はい。元旦です」
ぼくは言った。
「そうか。元旦ですか。それはそれは」
おじいさんはそう言うと、お椀と箸を持って、おせちを食べ始めた。
本当にお腹が空いていたのだろう。
他のことには脇目もせずに、目の前のおせちを食べている。
「おかわりもありますから」
ぼくは言った。
おじいさんは何も言わずに、一杯目を食べてしまった。
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路上の生活 1105
27/Jan.2014 [Mon] 19:33
買ってきた紙のお椀を袋から出して、
さて、それをどこに置いたらいいのか、少しのあいだ、迷った。
路上の上に置くのは、気持ちとして嫌だった。
そこで鈴木さんにそのお椀を持ってもらって、
持ってきたおせちを箸でつまんで入れた。
おじいさんは何も言わずにそのおせちに見入っている。
生唾を飲む音が聞こえてきそうなくらい、おせちを注視していた。
「どうぞ」
ぼくは言った。
おじいさんはそのお椀をアスファルトの上に置くと、
はめていた軍手を取った。
躊躇なく、お椀を路上に置いたので、ぼくはハッとした。
路上生活が長くなると、こういうことにも慣れてしまうのかもしれなかった。
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自分が浮浪者になったときには   1104
26/Jan.2014 [Sun] 18:41
それから新聞紙の束を道の端に置くと
「どうぞ」
と言った。
おじいさんが座るのだと思っていたので面食らってしまった。
「いや、ぼくより鈴木さんが座って、おせちを食べないと」
ぼくは言った。
「ああ、そうでしたね。ご飯を戴くんでしたね」
おじいさんはそう言うと、新聞紙をもう一束荷物の中から引っぱり出した。
それを路上に丁寧に置くと、ぼくと並ぶようにして座った。
空気は本当に冷たいけれど、日差しを浴びると暖かさが身体に染みた。
それだけで幸せな気持ちになった。
自分が浮浪者になっても、こういう気持ちになるんだろうか? と思った。
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温かい陽だまりまで歩きましょう  1103
19/Jan.2014 [Sun] 19:26
「じゃあ、この先まで歩きましょうか?」
ぼくは言った。
「ああ、それが良いです」
おじいさんは言った。
テツはおじいさんの後ろ足にそっと鼻を近づけると、その匂いを嗅いだ。
しばらく考えているようだったけれど、突然「ワン」と吠えた。
嬉しくて吠えているらしかった。
「元気だったか?」
おじいさんはテツのほうを少しだけ振り向くとそう言った。
しゃがみ込んでテツを撫でるほどの元気はないようだった。
服はどこかで拾ったのか、
身体に合わないブカブカしたダウンジャケットを身につけていた。
おじいさんは日溜まりまで歩くとそこに台車を停めた。
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駅前の広場にしましょうよ 1102
30/Nov.2013 [Sat] 17:46
「ああ、ありがとうございます」
おじいさんはそう言うと、お辞儀をした。
それから台車を止めて、落ち着ける場所を探した。
「さっきの銀行の前が良いんじゃないですか?」
ぼくは言った。
「ああ、あそこは追い払われてしまったので、
別の場所に移動しようとしていたところです」
おじいさんは言った。
「じゃあ、駅前の、広場にしましょうよ」
ぼくは言った。
「いや、あそこも駅員に追い払われてしまいますから」
おじいさんはそう言うながら、台車を押している。
台車にはさっき自分が座っていた新聞紙やら、
拾い集めた空き缶が溢れるほど載っていた。
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