日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
停電の日に。
29/Jun.2018 [Fri] 17:08
水道の蛇口をひねったら水が出ないので、あれれ? と思った。
モーターが壊れたのかと思ったけれど、電気全体が消えているので
ブレーカーが落ちたのだろう、と思いなおした。
電気製品を使いすぎると、ブレーカーのスイッチが落ちて
工場全体の電気を遮断するようになっている。
200ボルトの電源を使っているために
器械の具合でこうなることがたまにあるからだった。
けれども、ブレーカーのスイッチは落ちてはおらず
(おかしいなあ?)と思った。
これから瓶詰めをするので、とにかく電気が入らないことには
仕事にならない。
しかし、どうなってしまったのか、訳がわからず、しばらく
工場の中の色々なところを点検して歩いた。
うーん、わからない。
まあ、いいや。仕方がないからお茶でも飲もうよ、ということにした。
しかしお湯を出すポットも電源がないと、ボタンを押しても
お湯は出て来ない。
それで、ポットのふたを開けて、お玉でお湯を掬って、急須に入れた。
「お手前~」とモトコさんと言って笑った。
そのうちモトコさんの携帯電話に旦那さんからのメッセージが来て
「停電だけど原因はわからず、復旧の見通したたず」
ということがわかった。
そうなのか。
近頃は電気工事を路上で頻繁に行っている。
そんなこともあって、何か停電の原因になる事故があったのかもしれない。
お茶を飲んでしばらく待ったけれど、電気が来る気配はない。
午前中に瓶詰めを終えて、午後からはラベルを貼ってしまいたいけれど
まあ、仕方がないや。
お昼を食べて、午後一時くらいになれば、電気も復旧するかもしれない。
じゃあ、ずいぶん早いけれどお昼休みにしようよ、ということにして
モトコさんはいったん家に帰ることになった。
妻とぼくは早いお昼を食べて、それから昼寝をした。
なにしろ電気がないし、外は雨で工場の中も真っ暗闇である。
懐中電灯で照らしながら、ご飯を作って、妻ともそもそ食べた。
電話も電気がないと使えないので、注文の電話も入らない。
昼寝をして起きてきても、まだ電気は来なくて
闇の中でぼんやりした。
いいなあ。こんな時間は、滅多にないんだ。
こんなふうに何もすることがなくて、ぼんやりできるなんて
贅沢なことである。
東京電力さん、一体何をしているか、なんて怒っても仕方がない。
そんなことで、闇の中でボーッとした。
停電になってから四時間近く経って、ようやく電気が来た。
良い時間だったなあ。
のんびり過ごせたことで、頭がすっきりした。
たまにこういうことがあると電気のありがたさが身に染みる。
これからはランプも用意しておいてこういうときに備えれば
もっと愉しくなるだろう。
さ、仕事しごと。
モトコさんにメールを出して、瓶詰めに取り掛かった。
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人と話すのは面白い。
21/Jun.2018 [Thu] 17:23
お風呂のお湯を沸かそうとしたら、お湯が出て来ない。
灯油タンクの中が空になってしまったらしい。
そうか。
そろそろ入れなきゃなあ、と思っていたのだ。
でも毎日忙しく働いて、さらに夕方は英語の勉強をしていた。
なんでこんなに忙しくなっているのか、それは自分のせいである。
無理に英語を喋らなくてもいいじゃないか? ということが
チラッと頭をよぎる。
しかし、そうなると、自分の調べたいことが進まなくなってしまう。
どうしても祖父のことを調べたい。
もう一度シアトルに出かけて、そのことを掘り下げたい。
そう思う気持ちがどうしても湧いてくる。
ネイティブの人の喋る英語の速いこと、といったらない。
でもね。
聴いているうちに少しずつ、判ってくるんですね。
初めは判らなかった言葉がひとつずつ、わかってくる。
そうなんですよね。
わかってくると面白くなるし、それに先生と近況を話し合ったり
趣味の話しをすると俄然面白くなるのは人間同士だからだろう。
黒人のマイケル先生がぼくには合っているのか
話しをしていて面白い。
「今日は何があった?」
ということから会話が始まるけれど
「肩が痛くてさ、鍼に出かけたんだよ」
と言ったら、マイケル先生は急に色めき立って
「○×○×は知っているかな?」
と話し出した。
いったい何のことだろう? と思ったら
電極パッドを付けて、痛みを取る方法を説明してくれているらしい
ことがなんとなくわかってきた。
そうは言っても授業もしなくてはいけないので
その話しは途中で切り上げて、あとは自分で調べてみることにした。
ネットで調べてみると、そうか、こういう装置があることは
知っていたけれど、おじいさんが使うものだとばかり思っていた。
マイケル先生によると、痛みというのは脳が感じていることなので
その痛みを微弱電流を流すことによって、痛みとしての信号を変えてあげる方法が有効だと言っているらしかった。
そうか、じゃあひとつ試してみるか、ということになった。
なんでも人の話を聞くのは面白い。
世界中の言葉で世界中の人の話しが聞けたら
どんなに楽しいことだろう。
マイケル先生とは歳が近いらしく、
映画では「ブルースブラザース」のことでも盛り上がった。
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言葉では表しきれない。
01/Jun.2017 [Thu] 7:17
言葉を綴っても、表現できないことがある。
(それは自分のつたなさだから仕方がないとしても)
たとえば、焼酎を造って、それをおぎなっている、
ことはあるなあ、と思う。
ありがとう、という気持ちを言葉にしてここに書くと
その瞬間に陳腐で恥ずかしいものに変わってしまう。
でも造った焼酎を飲んでもらったら、
もっと奥深い心のひだの大きな感情が
伝わるんじゃないか、と思うことがよくある。
このあいだ、お酒は飲めない、という女性と
友人と三人で、近所の居酒屋に出かけた。
今、一番美味しい自分の造った焼酎を持参して
水は蔵の裏から湧いてきたものを持って行った。
水を温めてもらって、お湯割りを作って
その女性にも飲んでもらった。
「おいしーい」
とその女性は言った。
「焼酎ってこんなに美味しいんですね。私は今まで
焼酎を莫迦にしていたかもしれない」
とその女性は言った。
飲めないから、今日は飲まなくてもいい、と店に来るまで言っていたのに
するするとそのお湯で割った焼酎を飲んでいる。
良かったなあ、とそのときに思った。
本当に造った甲斐があったなあ、と思った。
もうそれだけで、充分じゃないか、と思った。
どこの焼酎が美味しいとか、これはあの焼酎と味わいが似ているとか
そんなことは、自分にとってはどうでもいいことだ。
麹アレルギーになって、苦しんで造るようになったけれど
それをアピールしたいわけでもない。
でも、飲んだ人に必ず伝わる想いがある。
想いを言葉に変換すると陳腐なものになってしまう。
でも焼酎の一滴の中にそれが詰まっている。
その言葉にならない味が人を動かすのではないか、と思っている。
その味は海を越えて外国の人が飲んでも、変わらないものだと思う。
今まで多くの人にお世話になってここまでやってきた。
今も様々な人に支えられて、生きている。
それが結晶となって、焼酎の味になっている。
ほらね、書くともう陳腐なものになってしまう。
だから変換はできないけれど、
もし出来るのなら、眼をつむって、焼酎を一口飲んでみて欲しい。
本当に複雑な味わいの上に成り立っている「今」がある。
父や母や、祖父や祖母や、近所の人たちや
先生や、妻や、友人にも御礼が言いたい。
本当にありがとう、と言いたい。
新緑が本当にきれいで、それを眺められることにも
御礼を言いたい。
眼が見えることにも御礼を言いたい。
眼を診てくれる先生にも御礼が言いたい。
本当にすべてのものに支えられている、と思う。
ありがとうございます。
言葉でも、もっと伝わるように努力します。
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近未来の愉しみ。
21/May.2017 [Sun] 17:42
焼酎の仕込みが終わってから、ぬか漬けを作りはじめた。
無農薬の玄米を買っている農家から米ぬかを貰ったので
ぬか漬けを作ってみようと思ったのが始まりだった。
といっても、特に何かが必要というわけでもない。
米ぬかを水で溶いて、よくかき回す。
にがりが手元にあったので、それを入れてみた。
あとは、煮干の頭とはらわたも入れた。
春になって暖かくなってくると、醗酵して
ぷつぷつと気泡がたつようになってきた。
カブが美味しい季節で、カブを適当な大きさに切って漬けた。
美味しいんですね、これが。
玄米のごはんと、このカブの漬物があれば、もうおかずも
いらないくらい美味しい。
ところが大根が出てくるようになると
なんだか酸味が出てきた。
これはどうしたら酸味が消えるのか、ネットで調べてみると
卵の殻か、もしくは唐辛子を入れると良いと書いてあった。
卵は滅多に食べないので、唐辛子を丸ごと、何本か入れてみた。
卵もずいぶん久しぶりに買って、お昼のスープに卵を入れた。
殻が欲しいために、卵を食べるような形だけれど
まあ、たまには食べるのも良いよね、と妻と話した。
すると、本当に漬物の酸味が消えて、また美味しくなった。
お昼は玄米のご飯に、野菜の入ったスープ。
それにこの漬物。
本当に、この漬物のおかげでご飯が愉しみになった。
醗酵してゆくものを工夫して、味が良くなってゆく、
その経過を見るのが自分では好きらしい。
さらに美味しいものを食べられるなら、こんなに
楽しいことはない。
妻も喜ぶし、たまに多めに漬けて、従業員にもおすそ分けをする。
こんなことに大きな喜びを感じるようになった。
かぶの季節ももうそろそろ終わりで
これからはきゅうりも出てくるね、暑くなってきたら
漬けてみようね、と妻と話した。
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ツバメがやってきた嬉しさ。
19/Apr.2017 [Wed] 17:21
風に乗って、鳥の声が聞こえてくる。
今はウグイスがさかんに鳴いている。
それからほととぎす。
メジロも澄んだ高い声で囀っている。
それに混じって、ツバメの声が聞こえたような気がした。
まだ肌寒いのに、もう渡って来たのかな?
と思って空を見上げた。
桜の花が咲く梢をかすめるように素早く飛んでゆくツバメの姿が見えた。
そうか、もう渡ってきたんだ。
今年は暖かくなるのがゆっくりで、桜も長く咲いた。
だから、渡ってくるのは、まだ先だろうと思っていた。
玄関の前には、蚊がたくさん湧いてきて
扉が開くのを待っているように見える。
もう蚊も出てきたんだ、と思ったのが一週間前のことだった。
虫が出てくれば、それを食べるツバメも渡ってくる。
自然の営みは、ぼくが知ろうと知るまいと、確実に進んでゆく。
ツバメはどうやってその時期を知るのか?
どうやって仲間を募って、群れになって飛び立つのか?
どうしてこの大島にやってくるのか?
ぼくは何も知らない。
ただ耳を澄ますと、鳥の声が聞こえてきて
ああ、ツバメがやってきたんだなあ、と
今日はそのことが嬉しかった。
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また今度会いに行くからね。
30/Jan.2017 [Mon] 18:16
浜松町の竹芝桟橋から船に乗るまでのあいだ、
すこし時間があった。
そこで待合室の上の陽の当たるベンチに座って、
持ってきたおにぎりを妻と食べた。
日向ぼっこをしたいなあ、と思っていたので嬉しくなった。
おにぎりを食べ始めるとすぐに鳩が寄ってきた。
一羽だけなので、お米を何粒か、鳩のそばに投げると
すぐにそれを喉を鳴らして食べた。
鳩がもう一羽、どこからともなく飛んできて
我々の前に舞い降りた。
ありゃー。
こいつらは、誰かがこうして食べ物をくれるのを
知っているんだ。
するとベンチの脇の植え込みから
スズメが一羽、顔を覗かせた。
顔が汚れていて、体型もまんじゅうを潰したような
形をしている。
もう歳なのかもしれない。
大島ではあまり見かけないタイプのスズメだった。
なんだか可愛らしくて、鳩ではなくてこのスズメに
ご飯をあげたくなった。
指にくっついているご飯粒を指で弾いて、鳩の群れの向こうに
いるスズメめがけて、飛ばしてみた。
スズメはそれに素早く気付いて、鋭く動きながら
ご飯をついばむと、植え込みに隠れた。
「いいぞ、スズメ」
妻と二人でそう言って、スズメが再び出てくるのを待ち構えた。
「きた。それ、今だ」
今度は妻がご飯粒を投げた。
またしても鳩より速く、ご飯をついばんで、植え込みに隠れた。
都会ではこのくらい敏捷でなければ生きていけないのかもしれない。
興奮して、スズメを応援していたら船が出る時間になっていた。
慌てて下に降りると、最終のアナウンスが流れて
船に掛けられたタラップをはずす準備をしていた。
「危なかったね」と妻と船に乗り込んでから呟いた。
「へちゃむくれのスズメ、かわいかったね」
と妻が船が動き出してからまた、そう呟いた。
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ちょっとだけ春。
26/Jan.2017 [Thu] 18:22
冷たい空気を自分でかき回しているのだろう。
蔵の中で動くと冷気を裂くように
身体が冷たかった。
それでも、外はなんとなく春の息吹を感じる。
今までとは違った鳥の鳴き声があちこちから聞こえた。
メジロが、小さな声でチュクチュク、呟くように鳴いている。
春になると、もっと高らかに澄んだ声で鳴くのだけれど
冬の中でも、こんな声で鳴いているんだ。
ウグイスも、春とはまるで違った声で
やはり何かささやくように鳴いている。
あちこちで鳥たちが静かにそっと空気をかき混ぜるように
動いている。
「ちょっとだけ春だね」
と一緒に仕事をしていたカネちゃんに言うと
「そうですか?」
と言った。
何を言っているのか、わからない、というような
きょとんとした顔をしていた。
一日ごとに春を感じるようになるのは、まだ先のことだけれど
それでも、春がすぐそばまで来ている。
嬉しいなあ、本当に嬉しいことだなあ、と思った。
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子供から教わる大切なこと
25/Dec.2016 [Sun] 17:16
風呂釜の修理をしてくれたI澤さんが帰ってから
今度は一人で、錆びている部分に錆び止め液を塗った。
この錆び止めは、錆びたところに塗ると、
錆びがそのまま硬化してしまう、という
優れものである。
焼酎工場で使うために買ってあるけれど
家のまわりも鉄を使った部分はどんどん錆びるので
気が付いたときに塗ることにしている。
とにかく海の近くに住んでいると
潮が雨のように降ってくる。
そして何もかもが錆びて朽ちてゆく。
海岸に沿ってテトラポットを置くようになったのも
潮が舞う原因のひとつだ。
風呂釜の下の部分が錆びていてそこを塗った。
隣の家のお孫さんが、一人で遊んでいて
「今日は一人か? 」
と声を掛けたら、
「うん。じゃあねえ、ぼくの名前を言うね。
00たくやっていうの。小学校一年生」
と言った。
人懐っこい子で、何か外で作業をしていると
必ず寄ってきて、ジッとそれを見ている。
錆び止め液を多めに出してしまって、それがまだ余っているので
「おじいちゃんにどこか塗るところがないか聞いてきて」
とたくや君に言った。
「うん」
と言って家の中に走っていった。
おばあさんが出てきて
「いいよ。大変だでえ」
と言った。
液はもう捨てるしかないから、というと
「それなら、雨戸の戸袋が錆びているから
そこを塗ってくれない?」
と言われた。
背の高いところで、脚立を持ってきてそれを塗った。
お菓子をくれるというので
「食べないからいいよ」
と断ると、
「それならリンゴをくれるョ。
甘くておいしいよ」
と言って、リンゴを二つ貰った。
甘い香りがして、美味しそうなリンゴだった。
自分が子供に戻ったような甘酸っぱい気持になった。
夕焼けがところどころちぎれるように
海に沈んでいくところだった。
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お風呂に浸かれることの歓び。
20/Dec.2016 [Tue] 17:14
不思議なものだなあ、と思いながらご飯を食べていた。
風呂釜の修理に来てもらった、I澤さんと共に
自宅の食卓でお昼ごはんを食べた。
朝、I澤さんを港まで迎えに行って、そのまま現場にお連れして
風呂釜を修理をしてもらった。
部品を替えれば、それで直ることも判って、
二人でホッとして、ご飯を食べることになったのだ。
おかずは妻があらかじめ作っておいてくれた
大根の煮物と、サトイモの煮付けだった。
味噌汁はI澤さんが修理をしているあいだに
ぼくが作った。
ご飯を温めて、二人で食べたのだった。
そうしてまったく見知らぬ人と自宅の食卓で
ご飯を食べていることに、不思議な感慨を覚えた。
昨日までこんなことになるとは考えてもみなかった。
(修理をしても、部品を替えるだけでは直らない場合も
ありますので、そうなると、風呂釜を全部取り替えることに
なります。その場合は、修理が無駄になります。
またその場合でも東京からの往復の船賃とサービス料金は
別途掛かってしまいますが、よろしいでしょうか?)
とサービスセンターの人に訊かれたのだ。
二日間、考えたけれど、自分で風呂釜を見るかぎり
そこまで傷んでいないだろう、と思った。
それで
(まあダメでも仕方ないや)
と思って、修理の人に来てもらうように連絡を取った。
お昼はどこかで勝手に食べてもらってもいいけれど
近所には食べるところがないし、ぼくも焼酎の仕込みは休んだので
それならご飯を一緒に食べよう、と言うことになったのだった。
I澤さんは若くて、まだ二十代に見える。
ご飯はいつも外食なんですか? と訊くと、もう三十三歳で
お子さんも二人いるのだそうだ。
「そうなんですか? そんなふうには見えないなあ」
と話して、それから世間話に花が咲いた。
ボタンひとつで、こうしてお風呂にお湯をためることが
できるなんて、どんなに素晴らしいことか、と
ぼくは言った。
若い人にはつまらない話だろうと思ったら
「子供たちにもそういうことを知って欲しいので
なるべくキャンプとかに出かけて、焚き火からお湯を
沸かしたりしているんですよ」
と相槌を打ってくれた。
修理が一通り終わったあとで伝票を食卓で書きながら
「こんなふうに伺ったお宅の中で伝票を書くなんて初めてですよ」
とI澤さんは言った。
ふだんは外で、伝票を書くのだそうだ。
風呂釜はたいてい屋外に設置してあるので
冬の作業は大変だろうなあ、と思った。

「実は来週も大島に修理に来るんですよ」
とI澤さんは帰りの車の中で言った。
立て続けに二軒、修理の依頼が入ったという。
「なーんだ、それなら一緒に見てもらえば、良かったね」
とぼくは言った。
やはり大島でもこの風呂釜を使っている人もいるんだなあ、
ということがわかった。
今日、風呂釜を開けて、さらに部品を取り替えておいたほうが
いいところが見つかったので、
「それなら来週もう一度来たときに、あそこの部分を取り替えてくださいよ」
とお願いした。
時間が余ったので、蔵に寄って、焼酎の試飲をしてもらった。
焼酎が好きなのだそうだ。
「うまい。これ本当にうまいっす」
I澤さんの嬉しそうな笑顔を見て、修理に来てもらってよかったなあ
と思った。
今日からまた自宅の風呂に浸かれるんだ、と思うと
ホッとしたような嬉しさが身体の奥底からじわじわと
湧いてくるのがわかった。
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柿色の夕陽が細く。
16/Dec.2016 [Fri] 17:08
今日は午後から雨が降った。
雨と共に温かくなってきて
春の雨のようである。
十二月だけれど、こんな日もあるんだな、と思う。
それにしても、雨はいいな。
ツバキ城の屋根の芝を植えた斜面が濡れて
なんともいえない風情に見えた。

家に帰ってきて、囲炉裏に炭の火を入れた。
今年に入って初めて、火を入れた。
雨の音を聞きながら、その炭の火を見つめた。
炭の火はなんともいえない色をしている。
初冬の夕焼けの光は斜めに、家の奥の奥まで
細く入り込んで、照らすものすべてを柿色に染める。
そんな光が炭の火の中にも灯っている。
(なんとも幸せなことだなあ)
と思った。
雨もしのげて、炭の火をながめてぼんやりできるなんて
こんなに幸せなことがあるだろうか? と思った。
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