日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
名前のない友だち
11/Jan.2022 [Tue] 14:40
蒸留がすべて終わった。
今年度の造りの計画ではあと三本仕込みが残っているけれど、とにかく腰が治るまではしばらく休もう、ということになった。
そう言っても仕事は続くわけで出荷もするし瓶詰めもする。
でも仕込みが一段落したので気持ちはホッとした。
杖にすがりながらでも、なんとか仕事が出来たので、やれやれと思っている。
腰が悪いあいだ、仲良しのカラスが毎日のように様子を見に来てくれた。
工場の入り口に来ては「来たよ」というふうに鳴く。
それで顔を出すと近くまで寄ってくる。
昨日は骨を口に咥えて、すぐそばの低い屋根の上から投げてくれた。
咥えていた骨を口から離して屋根の上に置くと、ぼくの顔を見ている。
「くれるの?」
と聞くとカラスは首を傾げている。お土産のつもりなんだろうか。
「ありがとうね」
と御礼を言った。
このカラスには来るたびに何かしら声を掛ける。
それで少しずつ近くにくるようになった。
他の人だとすぐに逃げるけれど、ぼくがいると逃げずにジッとしている。
骨を貰ってもぼくは食べられないけれど、カラスには宝ものなんだろう。
骨は屋根の上に載ったままにしておいたら、翌日はそれを扉の入り口まで持ってきた。
やっぱりくれるつもりらしい。
その翌日、ちょうどタケシくんがいて、ぼくがカラスに
「昨日ありがとうな」
と声を掛けるとタケシくんは変な顔をしていた。
この人はおかしいぞ、というような顔つきだった。
カラスが遊びに来てくれるなんてどんなに素晴らしいことか。
とにかく自分としては嬉しい気持ちになる。
ありがとうね、と心からカラスに言いたい。
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明けましておめでとうございます。
06/Jan.2022 [Thu] 21:49
妻がチューリップを買ってきてくれた。
薄いオレンジ色に黄色が薄く混じっている。
夜になるとその下に小さなロウソクが灯って、花を下から照らしていた。
ロウソクの炎が揺れて、花に映って、それを見ていると飽きない。
花は家の中が寒いので、いつまでも蕾んだまま、みんな上を向いている。
花を飾ると家の中が明るくなるから好きだ。

今朝はメジロが窓辺にやってきた。
丸い身体に嘴がスッと尖って、これもかわいい。
寒いから膨らんでいるのだろうか。
丸々して見える。
窓辺にミカンを切って置いておいたら、それに気がついて食べにくるようになった。
一羽でくる時は周りを気にして落ち着かないのか、忙しく首を曲げてあちこち様子を伺いながら食べている。
そのうち仲間と何羽かで来て、代わりばんこに食べるようになった。
一羽が食べている間、ほかのメジロが見張りをしてくれるので安心して食べられるらしい。しかしゆっくり食べていると「早くしろよ」というふうに仲間から小突かれて喧嘩が始まる。
メジロにもそれぞれ性格があって、ゆっくり食べるものや、忙しくミカンをつつくものやら色々で見飽きない。

一昨日はヒヨドリの群れが空を舞っているのを見かけた。
どこに行くのか、どこからか飛んできたのか、黒い渦のようにまとまって空をうねりながら、飛び去っていった。
昨日まで吹き荒れていた風も少し収まってきて、静かなお正月の朝になった。

明けましておめでとうございます。
本年も皆様にとって良い年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
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励ますつもりが励まされてしまった。
24/Dec.2021 [Fri] 17:29
95歳になる伯母さんに会いに行った。
近所にいるのになかなか会いに行けないでいたら、伯母さんから電話が掛かってきて
「焼酎の優等賞おめでとう」
と言われた。
そんなわけで伯母さんのところまで会いに出かけた。
今は本当に忙しくて、夜遅くなってから家に帰ることが多い。
でもたまたま早くに仕事が終わったので、伯母さんの顔を見に行こう、と、思った。
ぼくは子供の頃に母親が病気がちで、小学校時代二年近くこの伯母さんの家にお世話になった。
伯母さんは、今は娘さんの家で暮らしていて、月のうち何度かは老人ホームにショートステイで泊まりに行くらしい。
そこでも手厚く介護をしてくれてありがたいと話してくれた。
ご飯も美味しいし、なんでもよく食べられるという。
すべてのものに感謝して生きている。
伯母さんと話しているとそういう気持ちが伝わってくる。
「おまえ、ずいぶん痩せやしないか?」
と伯母さんはぼくの顔を見て言った。
めまいがして食べらなくなったことで痩せてしまった、と話すと
「なんでも食べなきゃだめだよ。
頑張れ」
と言われた。
伯母さんの娘であるぼくの従兄弟はそれを見て笑っている。
励ますつもりが励まされている、というわけだ。
でも伯母さんと一緒にいると、だんだん元気になってきた。
なんだろう? この感覚は?
すごいね伯母さん、と思った。
伯母さんのパワーをお裾分けして貰って、自分も元気になってきた。
食べることが楽しい。話すことも楽しい。元気なのが良い、と伯母さんに言われてその通りだと思った。
すごいことだなあ。
だから95歳でも元気なんだな、と妻と話した。
ありがたいことである。
伯母さん、いつまでも元気でいてください、と思った。
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軒先にいると。
02/Nov.2021 [Tue] 7:59
家の勝手口の上りガマチの板が腐ったので取り替えることにした。
木の厚い板を用意して、それを替えれば良いかな、と思っていたら、その板を受ける材木も腐っていた。
雨で濡れる場所なので、長い年月を掛けて腐ってしまったのだろう。早めに取り替えればよかったのだけれど、なかなかそこまで手が回らなかった。
板を受ける材木はビスを使わず、ほぞを切ってはめてあったので、まずそれを外すのに一苦労した。
今度はその、ほぞをノミを使って彫らなければいけない。
うーん、こんな緻密な仕事が出来るかな? と、思ったけれど、ほぞを切るのは何度かやったことがある。
ノミも細いものしかないけれど、これでも時間を掛ければ出来るだろう。
とりあえず、その材木を工場まで持ち帰って、同じ材木を用意した。(捨てようと思いながら放置してあった材木が使えることがわかって、一人で喜んだ)
小雨が降っていたので工場の軒先でほぞを切り始めた。
すると犬のゆずちゃんが遊びに来て、顔を舐めてくれた。
寒かったので犬の顔を撫でると温かくて、この温もりが懐かしかった。「犬は良いなあ」と、ゆずちゃんを撫でながらゆずちやんのお母さんに言った。
「もう飼わないの?」とお母さんに聞かれて、テツのことを思い出した。泣きそうな気持ちになった。
こうしてゆずちゃんがときどき来てくれたらそれで充分だと心の中で思った。
今度は隣のおじさんがやってきて「何を始めた?」と聞かれたので、こういうわけでほぞを切っているんだ、と説明すると、そんなノミじゃ細くて時間がかかる、と、言われた。
おじさんの持っているノミを家から出してきて、これを使えば早いと言われた。
トンカチも「それは工事現場で使うものだ。大工用のゲンノウを貸してやる」と言って、また家から持ってきてくれた。
確かにこっちの方が素晴らしく使いやすい。頭が重くて、振りやすい構造になっているんだ。
ノミも幅が広くて、よく研いであって、一度にザックリと掘れる。
道具でこんなに違うのか、と思うほど、速く仕事が終わった。
カラスも来て、すぐ後ろでぼくの仕事を見ている。
こいつは仲良しで、しょっちゅう来てはぼくの仕事を眺めている。
「来たのか?」と声を掛けると「ゥカア」と返事をする。
どういうわけかはわからないけど、とにかく本当にすぐそばまでやってきては、こうして首を傾げて、仕事を眺めているのだ。
軒下でトンテンカンテン仕事をしていると、人やら動物やらが来て、なんだか楽しかった。
ほぞは無事に切れて、それを持ち帰ってはめてみると、ぴったりだった。
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不思議な夢。
24/Oct.2021 [Sun] 21:27
夢の中に写真家の中川道夫さんが出てきた。
中川さんとは昔、中国の昆明を旅している時に知り合った。三十六年も前のことである。
当時はホテルの最上階にベットだけがたくさん並べてあるドミトリーという安く泊まれる部屋があって、そこで一緒になった。
歳は中川さんの方が上だけれど、気が合って、昆明の街をよく一緒に散策した。
散策している途中で、子供の大道芸があり、その子は腕にナイフを刺して人々に見せていた。
そしてその手で見ている人にお金をもらおうと手を差し出した。
そのときちょうどお金を持ち合わせていなかったのでそばにいた中川さんに「ぼくの分も一緒に払ってください。あとで返しますから」とぼくは言った。
中川さんはこれが面白かったらしく、その後もこの話を何度もした。何が面白いのかぼくにはわからなかったけれど、とにかくぼくは変わっているらしかった。
一緒に歩いているときにぼくが撮る写真の被写体を見ては嬉しそうに笑って「あなたの撮るものは面白いね」とも言われた。
当時はまったく無名だったので、中川さんにそう言って貰うと誇らしいような不思議な気持ちになった。
そのずっとあとで書くことになる一円大王の連載もすごく褒めてくれた。
(生まれて初めての連載も中川さんの紹介で美術出版社の雑誌でさせて貰えることになった。それは「美術館探訪」というコーナーで毎回書く人が違うものだったけれど、ぼくが書いてそのコーナーは終わりになる予定だったらしい。ところがその原稿を書かせてもらったあとで、反響があり、そのあとも書かせて貰えることになった)
中国から日本に帰ったあともアパートが近いこともあって、ときどき中川さんのところに遊びに出かけた。
その中川さんが夢の中に出てきて、中川さんの秘書をしている女性が、ぼくにお祓いをしてくれるという。(実際に中川さんに秘書がいるのかどうかは知らない。とにかく夢の話である)
(どうかなあ?)と思いながらベッドに横になると、その人が人差し指をぼくの肩に付けた。
すると身体に電気が走ったように痺れて、背筋が冷たくなった。
ぼくには生き霊が憑いていたけれど、それをすべて祓ってくれたのだそうだ。その生き霊の名前も告げられて、たしかにと納得がいった。
これからはなんでも上手くいきますよ、と言われてありがたい気持ちになったという夢である。
それが印象に残って、手帳版の日記にもそれを書いた。
するとその日のお昼頃になって中川さんからファクシミリが届いた。
もう十年以上連絡を取っていないので、ものすごく驚いた。
中川さんはウェブ上で街歩きの連載を始めたので、それを読んで欲しい旨のことが書いてあった。
それで懐かしくなって思わず電話をして、今朝見た夢の話をした、という訳である。
不思議なことだけれど、こういうことってあるな、と思う。
中川さんは少し気味悪がっているようだったけれど、そこから始まって、お互いの近況を話し合った。
中川さんの著作で中国の上海を撮った「上海双世紀」(岩波書店)は大好きな本で、本棚から出して時々眺める。当時の上海の空気が濃密に写真に写っていて、街の音や人の声まで聞こえてくるような気持ちにさせられる。
中川さんの新連載は街を歩く話で第一回目は三浦海岸の話だ。写真家だけど中川さんの書く文章にも味わいがあって、読んでいると知らないこともたくさん出てくる。(そのアドレスを貼っておきますので、これを読んでいる方もぜひ覗いてみてください。
気に入ったら下にあるハートマークを必ずポチッと押してください。そうすることで中川さんの連載が長く読めるのだそうだ。)
お祓いに行かなくとも、夢の中でお祓いが出来たことは自分でも面白いと思うけれど、そこに中川さんが出てくるということは、やはり心の奥深くで中川さんを信頼しているということなのだろう。
それが巡り巡って夢と現実がリンクするということも、とても意味のあることなのだと思う。
生きていることはとても不思議だ。
https://note.com/honno_hitotoki/n/n81d5232cc4a3
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毎日ユラユラしている。
23/Oct.2021 [Sat] 12:07
渡合温泉から何やら郵便物が送られてきた。
細長い箱で、その上に
「これは何でしょう?」
とマジックインキで描かれている。
ぼくと妻がユラユラしている絵も添えられていて、しばらく考えてしまった。
しかし考えてもまったくわからないので封を開けてみると、中には棒が一本入っている。
木刀かな? とも思ったけれど、丸い棒を縦に半分に切ってあるので、それに意味があるのだろう。
さあ、これを読んでいる人はわかりますか?
丸い棒を縦に半分に割ったものが一本送られてきました。
それは何をするものでしょう?

ぼくにはわからなかったのでおかみさん直筆の手紙を読んでみた。
(美しい字と文章で読んでいると気持ちが真っ直ぐなる手紙だ。)
するとこの棒の丸い方を床に置いて、その上を歩いてバランスを鍛えるものなんだそうだ。
うーん、そうか。
渡合温泉に行くと、いつもこういう遊び道具が置かれている。
今年の流行はこれで、ご主人の俊ちゃんは毎日これに乗っているのだそうだ。
今年も遊びに行けなかったので、これをわざわざ送ってくれたらしい。(焼酎を送ったのでそのお返しの意味もあるのだろう)
早速床に置いてその上を歩いてみた。
一歩も進めずに棒の上から落ちてしまった。
妻にもやらせてみるけれど、やはり同じく歩くことはできない。
うーん、これは難しいぞ。
ということで、家に持ち帰って、風呂上がりに毎日この上に乗って練習することになった。
お酒を飲んでからやるとまるで話にならないので、飲む前にやることにした。
妻は3歩も進めるようになったけど、ぼくはせいぜい進んで一歩といったところ。
やっていると、渡合温泉のご主人やおかみさんと話しているような気分になる。会えなくともこういう交流もあるんだなぁ、と思いながら毎日ユラユラしている。
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神様のおつかい。
21/Sep.2021 [Tue] 14:26
山に散歩に行くと道の真ん中にカラス蛇の子供がいた。
こんなところにいると車に轢かれるので道路脇に行くように促すけれど、カラス蛇としてはそれは嫌らしい。
葉っぱで尻尾のあたりを押してやるとトグロを巻いて戦闘態勢のポーズをとった。
おお、やるのかお前。小さいけどやる気十分なんだね。
それで葉っぱを蛇の上に落とすと、カラス蛇はそれをパクッと噛んだ。口の中のピンク色の舌が一瞬見えた。
すごいなぁ、子どもでも野性味は充分だ。
カラス蛇の子どもはそれからようやく動き出して道の脇の土手を登っていった。
それが昨日の話で今日は蔵の脇のポンプの下に蛇がいると妻が言う。ポンプの下にはブロックが敷いてあって、その穴の中に蛇の尻尾が見えた。
マムシだと危ないので行ったり来たりしながら見ていると青大将がその穴から頭を出して様子を伺っている。
その顔がなんとも可愛らしくてつい見とれてしまった。
蔵にいる蛇は神さまの化身なので大切にするようにと昔から言われているけれど、そうなのか神様はこんなに可愛らしいんだ。しばらくその頭だけ出している青大将を眺めていたけれど、妻が来たら、また頭を引っ込めてしまった。
でも逃げないのでここが気に入っているんだろう。
近ごろは何を見ても愛おしく感じて、スズメもツバメも、蛇もみんな愛おしい。見て、嫌だという気持ちにならない。
家には大きなアシタカグモがいるけれど、これも大切な愛おしい存在に思える。どうしたのかな俺? どこかおかしいのかな? とも思うけど、とにかくそんな気持ちだ。
こんな気持ちをどう表せば読み手ち伝わるのかわからないけれど、本当にそんな気持ちだ。
青大将はそのうちにどこかに行ってしまったらしく、ブロックの穴を覗いてみたけど、姿は見えなかった。
(七月に書いたものですが、今頃の掲載になってしまいました)
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今一番行きたい場所。
19/Sep.2021 [Sun] 11:49
渡合温泉に電話をしてみた。
毎年この季節になると岐阜の山奥のこの温泉に浸かるのが楽しみなのだけれど、この何年か、用事が入って行けなかった。
一昨年は台風の被害で家が大変なことになり、昨年はコロナ騒ぎ。
今年も同じくデルタ株が流行りだして、出かけるのを控えている。
渡合温泉のフェイスブックを見ると、最近テレビの取材を受けたそうで、取材にきた芸人さんと共にご主人と女将さんが玄関の前で写真に収まっていた。
ご主人のお腹が少し凹んで見えたので、電話をしてみる気になった。
電話をして懐かしい声を聞きたいと毎日のように思っているけど、気がつくと向こうの忙しい時間でになっていて、つい気後れしてしまう。
お昼頃がちょうどひと段落の時間だと思うけれど、その頃はこっちがバタバタしていることが多いからだ。
それで昨日、ようやくその夢が叶って、電話を掛けた。
女将さんの元気の良い声が聞こえてきて嬉しくなった。
「声が聞けて嬉しいうれしい」と女将さんも言ってくれて、こっちも胸がいっぱいになった。
三分も話していないけど、もう声を聞いただけで気持ちが温かくなった。
今年も行けそうにないんですよ、と言うと、「この季節になるとタニグチさんのことを思い出すから、どうしているかな? と思っていたんよ〜」と温かみのある声で言ってくれた。
電話を切ってからも、ずっと渡合のことを考えて、寂しかった。
大好きな友だちが遊びに来て、何日も遊んだあとで船に乗って帰ってしまったような気持ちだ。
子どもの頃によくそんな寂しい気持ちになったことを思い出した。
今週末にでも出かけてみようか? とも思ったけれど、やはり今は控えた方が良いだろう。
バスを降りてから何時間も歩く山の中のことや、青みがかった山を眺めながら浸かるお湯の気持ち良さや、蕎麦を打って一緒に食べたことや、そんなことを妻と話した。
静謐な時間が流れる宿は日本中を探してもこの渡合温泉だけだろう。
電気の通っていない、ランプだけの光の中で過ごすあのなんとも言えない暖かみのある空間を懐かしく思い出している。
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火を見ると目の色が変わる。
09/Sep.2021 [Thu] 13:48
0さんという友だちがいて、中国出身の女性だ。
明るくていつも元気なので、ぼくたち夫婦はこの人の大ファンである。
さらに頭もよくて、日本語を話すだけではなく英語も出来る。
建築の勉強を続けて、今では関西の大学の教授にもなった。
凄いことですね。
日本に来てまず日本語を学び、さらにその国の大学の教授にまでなるのだ。
しかも明るくて、一緒にいると笑いが絶えない。
そんな0さんのことを急に思い出して電話をしたら、あれ? 電話が繋がらない。旦那さんの携帯に掛けても「現在、この電話番号は使われておりません」ということ。
どうしちゃったのかなぁ? と思って、葉書を書いて送った。
年賀状は貰っているのでその住所に葉書を送ってみた。
するとようやく電話が掛かってきて、また楽しく話が出来たというわけだ。

中国のご両親の話から、(昔、遊びに行ったことがあって、本当に良くして貰った)0さんが教授になってどうしているか、など、話は多岐に渡って一時間も話してしまった。
その中で0さんの生徒が設計した建物がコンベで優勝した話も出てきた。
詳しくは書けないけれど、火をテーマに建物の設計をしたのだそうだ。
火については面白い話があって、その話をすると王さんは喜んでくれた。
どういう話かというと、ぼくの家に遊びにくる人が囲炉裏の前に坐って炭の火を見ると、そこから離れなくなる人が多い、という話だ。
何か問題を抱えている人ほど火をいじりたがる。火箸を使って炭の火をいじって、一日中そこにジッとしている。
そうやっているうちに心が晴れるのか、スッキリした顔になってゆく。
そんな話をした。
火が人の心と密接に関わっていることは間違いないのだろう。
なにしろ人は家の中で火を起こしてそれを見つめながらずっと暮らしてきたのである。
この百年で近代化が進んだけれど、それまでは火を囲んで身を寄せ合って暮らしてきた。
不安な気持ちも、火を見ると落ち着くのは、そういう意味もある。
ヨーロッパには家の中に暖炉があるけれど、日本で囲炉裏が残っている家は少なくなった。
火は危ない反面、生活の中に取り入れれば、心を豊かにしてくれる力を持っている。
そんなことを0さんと話して、楽しかった。
コロナが落ち着いたらまたすぐに会おうね、と話した。
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キュウリの佃煮を貰った
25/Aug.2021 [Wed] 8:09
よっちゃんと久しぶりに会った。
暑くなってきてからしばらく顔を合わさなかったので、どうしたのかな? と思っていたら暑いから畑に来る時間をずらして日が陰ってから来るようになったのだそうだ。
「これ、喰わないか?」
と言って、小さな包みをくれた。
車の中にクーラーボックスがあって、その中で冷やしてあったらしい。
「キウリの佃煮」
と言ってその包みをくれた。
パックをビニールで包んで、リボンで縛ってある。
これはよっちゃんではなくて、奥さんがラッピングをしたのだろう。
このあいだ、よっちゃんに名前を聞いてみたのだ。
少し勇気が入ったけど思い切って名前を聞いてみた。
「ひとふさんに聞いたらよっちゃんだって言われたけど?」
と聞いてみると
「おうよ。よしひろっていう名前だよ」
と言って電話番号も教えてくれた。それからしばらく顔を合わさなかったので、電話をしてみれば良いのだけれど、だからといって用があるわけでもない。
そんなところに、よっちゃんから思いもかけずキウリの佃煮をもらって、嬉しくなった。
会うことを予測してクーラーボックスの中にそれを忍ばせている、というところもなかなか。
翌日の朝、そのキウリの佃煮を食べてみた。
甘酸っぱい味にキウリのシャクシャクした食感が美味しくて、ご飯が進んだ。
嬉しいなぁ。
思いがけず良い友だちが出来て、小学校の頃の友だちのような柔らかな感触だ。
遊ぶ約束をしなくともいつのまにか一緒にいて、大して話さないのにお互いの気持ちがわかる。
そんな友だちが出来て本当に嬉しい。
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