日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
なんと言っていいのか、わからない。
16/May.2017 [Tue] 6:42
ちょっと銀行まで出かけてこようと
妻と二人で車に乗りこむと
自転車を押して坂を上がってくる若い女性が見えた。
こんな辺鄙なところに来る観光客は
うちを(ツバキ城という屋根に椿の木を植えた
変わった建物があるので、それを)目指してくる人が多い。
「お買い物ですか? 店を開けましょうか?」
と車のドアを開けて、その人に話しかけた。
「いえ、ここから写真を撮るだけですから
けっこうです」
とその女性は素っ気ない口調で言った。
(そうじゃなくてさ、
「写真を撮っても良いですか?」
って訊くのがふつうだよなあ・・・)
と思いながら、車を出した。
近頃は店に入ってくるなり、何の断りもなく
写真を撮る人が多いので
建物の中は撮影禁止にした。
「そういうことにいちいち腹を立てていると疲れるよ」
と妻に言われた。
ぼくの考えるふつうは、もうとっくに通用しなくなっているらしい。
まるで外国人である。
だから店には出ないで、焼酎を造る仕事に専念していればいいのだけれど
まあ、そういうわけにもいかない。
東京に出ると、人にぶつかって何にも言わない人だらけだ。
禁煙の場所でタバコを吸いながら歩いている人がいると
いちいち注意をしていたけれど
やはり妻から
「いきなり刺されることもあるから、もうやめて」
と言われた。
たしかになあ、と思って、それもやめた。
注意をすると怒鳴られることが多くなったからだ。
でも歩きタバコの後ろを歩くと、延々とその煙を吸うことに
なるので、走って追い越すことにしている。
ぼくがいきなり走り出すと、タバコを吸っている人が
驚いたように振り向くことがよくある。
やはり悪いとは思っているのだろう。
家でも吸わせてもらえないのかもしれない。
そう思うと、かわいそうな気持にもなる。
変わった建物を見れば写真を撮りたくなるのも
気持はわかる。
だから、一言が大事なんだけどなあ。
若い人だけでなく、中高年でもその一言が言えない人が
たくさんいる。
まったくタイヘンなものを建ててしまったものだなあ、
と今ごろになって想っている。
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手を合わせて眼をつむると。
01/May.2017 [Mon] 19:45
母の命日で、夕方、お墓参りに行った。
朝は雨が降ったので、夕方、雨が上がってから
出かけた。
来年はぼくも亡くなった母と同じ歳になる。
母はどんな気持ちだったんだろうか? と
亡くなってから考えたことがあった。
医者に寿命のことを教えられたけれど
それは母には言えなかった。
それでも、自分はもう長くない、ということが
わかっているようで、言葉の端々にそんな気持が表れていた。
何年前だったか、駅前の食堂で一人で食事をしていたときに
後ろ姿が母にそっくりの人を見かけた。
背中の曲がり具合も、生きていたら、このくらいだろうなあ、
という様子でその人を見ながら、いきなり涙が溢れてきた。
涙がとまらなくなって、困ってしまった。
食事も喉を通らないし、人に見られるのも恥ずかしい。
でも、そんなことはおかまいなしに、涙はいくらでも流れてくる。
その女性が席を立つときに顔を見たら
顔はまったく似ていなくて、気が抜けたようにホッとした。
(バカだよな、まったく・・・)と自分のことを笑った。
今日はお墓参りに出かけて、そのことを思い出した。
四月の終わりだというのに、冷えて、風も吹いてきた。
卒塔婆が風に吹かれて独特の乾いた音をたてていた。
眼をつむって手を合わせていると
母の笑顔が胸の中に一杯になった。
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大島の太陽と潮風にさらされた味わいのある。
04/Jan.2017 [Wed] 18:29
ジーンズの膝がよく破れる。
立ったりしゃがんだり、という動作が多いらしくて
膝が擦り切れて、そのうち破れる。
それでも、もったいないので、膝を縫って履いている。
裁縫の得意なリエさんという女性に頼んで
膝に布を当てて、一針ずつ丁寧に縫ってもらった。
ところが、ジーンズの生地自体が劣化しているのか
継ぎをあてても、やはり膝が貫けてゆく。
(これはもう寿命かな?)
と思ってあきらめた。
そういうジーンズが三本もあって、捨てようか?
と迷っているときに
S原さんという建築家と飲むことになった。
S原さんは藤森さんのお弟子さんで、今は東京の
建築事務所で働いている。
その前はロンドンにいて、やはり建築事務所で
働いていたのだそうだ。
ロンドンには古着屋さんがたくさんあって
そこをを巡るのが好きだったという。
日曜日に市が立つと足しげく通っては古着を
探していたらしい。
「ぼくのジーンズで良い味になっているものが
何本かあるんですけど、興味がありますか?」
と訊いてみると、即答で「欲しい」と言われた。
「焼酎造りの激しい仕事で、破れた膝を何度も継いだような
ものですよ?」
としつこく確認した。
こんなものを欲しいという人がいること自体、驚きだったからだ。
伊豆大島に戻ってから、そのジーンズをS原さんの
ところに宅急便で送った。
すぐに連絡が来て、どれも良いという。
あれから四年が経って、またジーンズの膝が切れた。
たてつづけに二本、ダメになってしまった。
アイロンでくっつける膝あてがあって、それを裏から
あててみたけれど、やはり生地が薄くなって
二三回履くと、また別のところが破れてきた。
今日、スマホを見ていたら、ニュースで
瀬戸内海の漁師さんが一年間履いたジーンズが
元の値段の倍で売れた、という記事が出ていた。
瀬戸内の海と太陽で、良い味に色落ちしたジーンズを
欲しがる人が多いのだそうだ。
そうか、やっぱり欲しい人がいるんだ。
(ぼくのジーンズも売れないかなあ?)
と妻に言うと、
「ダメでしょ」
と一言で片付けられてしまった。
せめて新品のジーンズと交換してくれるような人が
現れないものかなあ? と思った。
大島の潮風と、焼酎造りの現場で耐えてきた
味わいのあるジーンズ。
いいじゃないですか。
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おせんべいの季節。
11/Dec.2016 [Sun] 18:05
オカムシちゃんが、おみやげに油で揚げたおせんべいを
持ってきてくれた。
ぼくは出かけていなかったのだけれど
工場に戻ると、机の上にそのおせんべいが置いてあった。
これ、去年だったか、食べては苦しみ、食べてはまた苦しい
思いをした、あのせんべいだったことを思い出した。
それでも食べたい気持が先走って、封をあけて
ひとつ、口に入れた。
美味しい。
醤油とせんべいの香ばしさが口の中で拡がってゆく。
うん、これはうまい。
でもあとで油が胃の中に沁みて
もだえ苦しむことになるぞ、と思いながら
もうひとつ食べた。
胃はまだ大丈夫。
そう思ってもうひとつ、口に入れた。
美味しい。
本当に美味しい。
結局五つ食べたところで、胃が苦しくなってきた。
なんといったらいいのか、胃に流し込んだコンクリートが
固まりはじめて、重くなってゆくような気分である。
その固まりにさらに鉛を入れて、硬く重く
身体の中心に据えたように存在感を増してゆく。
家に帰る頃には、その苦しみは最高潮に達して
ご飯を食べたあと、布団に入ってからも
海老のように身体を丸めて気持ち悪さを凌いだ。
朝になって治ったか? というとまだ苦しい。
「これを食べると胸焼けがするんだよね」
とオカムシは嬉しそうに笑いながら妻にせんべいを渡してくれたらしい。
「食べなきゃいいのに・・・」
と妻に言われた。
今年は五つ、このおせんべいを口にしたところでダウンした。
さて、来年はどうするだろう?
またこのおせんべいを貰って、ぼくは食べるだろうか?
食べるでしょうね。
バカだなあ、こいつ。
来年も苦しんでのたうちまわる様子が眼に浮かぶので
(バカだなあ・・・)
と思った。
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離島で暮らすということ。
02/Dec.2016 [Fri] 17:08
お風呂を沸かすボイラーが壊れてしまった。
スイッチを押しても、燃焼しない。
エラー番号が何度も出る。
これは困ったことになったなあ、と思った。
このボイラーを直す業者が大島にはいないので
東京から来てもらうことになってしまう。
そうなると旅費に出張費もこちらで出すことになり
さらに修理代もかかるのだ。
なんだってこんな器械を取り付けたのか、
設計者に訊きたいけれど、当の本人である
大嶋さんに電話をしてもまるで埒が明かない。
それで、このボイラーの会社に電話をして
修理の依頼をしたのだけれど、
取り付けてからの年数がずいぶん経ってしまっているので
修理できるかどうか、わからないという。
修理でなければボイラーを丸ごと換えることになるので
そうなると東京から大島に来ても無駄足になってしまう。
それでも良いかどうか? と訊かれた。
うーん、困りますよね。
自分でボイラーの器械を開けても、何がどうなっているのか
まるで判らないのだ。
焼酎の器械は、ある程度のことは判る。
テスターを使いながら業者と電話でやり取りをして
故障している部分を探ってゆく。壊れている部品を送ってもらい、
それを自分で交換すればなんとかなる。
ところがこのお風呂のボイラーはこの会社の人しか
修理が出来ないのだそうだ。
iphoneの蓋を他の業者が開けるとアップルはアフターサービスをしないことに
なっているのと同じで、このボイラーも他の業者では修理が出来ないらしい。
しかし離島でそんな器械を使ったら、あとで困ることは
眼に見えているのになあ。
ということで、これからどうしたら良いのか、まるで行き詰ってしまった。
大島の業者では直せない。
東京からそのボイラーの会社の人に来てもらっても
直せない可能性がある。
それでも出張費と旅費はこっちで払う。
あっ、こういう話はリトケイこと離島経済新聞に書けばぴったりだ。
今月号に単発の原稿を書いたばかりだけれど
またネタが見つかった。
離島で暮らすということは、こういう困った問題も出てくる。
器械が小さければ宅急便で送ることもできるのだけれど
ボイラーのような大きなものでは、それも難しい。
やれやれ。
本当に困っています。
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面白い顔だなあ  5
22/Aug.2016 [Mon] 16:52
「良いでしょう? この写真?」
と植村さんに言われた。
返事にとても困った。
帰るときにその写真をお土産に貰った。
家に帰って、テーブルに立てかけて、その写真をもう一度
眺めてみた。
やっぱり、さっきと同じく、つかみどころのない
不思議な人だなあ、という印象を受けた。
愉しそうに生きているけれど、しかし、この人と
話してみたいか? と言われると、うーん、今はちょっと・・・
とも思ってしまう。
視線が強いのだ。
かといって、押しが強いというのとは、ちがう。
不思議な人だなあ、と思った。
それでこの写真をどこに飾ろうか? 考えてみたけれど
どうにも、飾るところが思い当たらない。
工場のトイレはどうか? と妻に言うと
「やめて」
と即答されてしまった。
まあ、そうだろう。
植村さんは、やっぱりこの顔が撮りたかったんだろうな。
もし自分がこの人を街のどこかで見かけたら
「写真を撮らせてもらえませんか?」
とお願いしたいような顔をしているなあ、と思った。
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面白い顔だなあ 4
21/Aug.2016 [Sun] 16:41
最近になってその植村さんから葉書が届いた。
港の近くに喫茶店を開くことにしたので、まずは
そこであの時撮った写真を展示したい。
開店の前日にささやかながらオープニングパーティを開くので
写真を見に来てください、と葉書には書かれていた。

写真は、ぼくだけが顔のアップで写っていた。
他の人は、みんな、物と一緒に写っている。
しかし、自分だけは、一生懸命喋っている顔のアップだった。
楽しそう、といえば楽しそうだけれど、
客観的に見て、一体この人はどういう人なんだろう?
という印象を強く受けた。
自分の写真を見て、そんなことを言うのはヘンだけど
でも、本当にそう思った。
ウクレレを趣味で作っている人はそのウクレレを二つ並べて
その中央に収まっている。
少し恥ずかしそうな、人の良さそうな印象で写っている。
矢沢永吉が好きな人は、その集めたグッズと一緒に写真に
収まっている。
E、YAZAWAと背中に大きく描かれたTシャツを着て
こっちを振り向いている。
硬い印象を受けるのは、サングラスをしているからだろうか。
陶芸をしているおじさんは、白い壁の前に座って
自分の作った花瓶を前に写っている。
透明な印象の良い写真だった。
しかし、自分は、印象が複雑なのだ。
写真を見ても、「こういう人」という断定が出来ないような
顔つきをしている。
良い人というのでもないし、うーん、なかなか掴みどころが
あり過ぎて、うーん? 一体この人は何でしょうね?
と視線が釘付けになってしまう。
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面白い顔だなあ  3
17/Aug.2016 [Wed] 18:00
「まあさ、適当に撮るから。緊張しなくていいよ」
と植村さんに言われた。
世間話をしながら、植村さんの撮るカメラに収まった。
しかし、次第に犬のことを思い出して、厳しい、レンズと対峙するような
気持になっていった。
あれから五年経って、そういえばあの写真はどうしたんだろう?
と、ときどき考えた。
「発表する形を考えているから、それまでは撮った写真は
見せられないんだよ」
と植村さんは会うたびに申し訳ないような
顔をして言った。
(そうなんだ。まあ、良いよ。そういうことだってあるよな)
ぼくはそう思って、頷いた。
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面白い顔だなあ  2
16/Aug.2016 [Tue] 18:08
写真家は植村さんと言った。
その植村さんと話しているうちに、飼っていた犬が死んでしまった、
という話しをつい、ぽろっと、話した。
趣味ではないけれど、本当にいつも一緒にいた犬が死んでしまって
寂しいという範疇を超えて、ごっそり何かをえぐりとられてしまったような
気持になった、という話をした。
それならその飼っていた犬の首輪とか、リードと一緒に写真を撮ろうか?
と言われた。
まあ、それでもいいですよ、と答えて、撮影の日にスタジオまで行った。
行った、と言っても、仕事の合間に、歩いてそこまで出向いた、という
簡単なものだった。
スタジオは、島の古い家を改造したもので、広い何もない空間に
スクリーンが立てかけてあった。
そこに立ってカメラを前にした。
知らない乗りの良い曲が大音量で掛かっている。
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面白い顔だなあ 1
10/Aug.2016 [Wed] 18:26
五年前だったか、近所に住む写真家という人から
写真を撮らせてほしい、という話があった。
見たことも会ったこともないひとで、そんな人が
この村にいるのか? と思った。
一体どうしてぼくなんかを撮りたいと思うのか?
と不思議に思った。
島の男を撮りたいのだそうだ。
会って話してみると気持の良い人で、この人なら
良い写真を撮るだろうな、と思った。
その人の手作りのスタジオで、写真を撮ることになった。
コンセプトは趣味にしていることか、好きで没頭している
ものがあれば、その作品か、愛でている物と一緒に写真を撮りたい、
ということらしい。
しかし、ぼくには、そういうものが、ない。
原稿を書いても、原稿用紙を持って、というのもおかしいだろう。
焼酎造りは趣味ではないし、そういう意味ではぼくには
趣味というものがないのである。
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