日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
神さまが見てござる。
02/Aug.2020 [Sun] 14:22
バチが当たる。
のバチはどういう字を書くのか?
と友人のオカムシが言った。
さあ、そう言われるとわからない。
ネットで調べてみると
撥という字が出てきたけれど
これは三味線を弾くときの
バチである。
「そうか、撥で三味線を弾いているときに
弦が切れて顔に当たることから
そう言うんじゃないか?」
と二人で結論を出した。
しかしそれでは弦が当たるわけで
バチが当たるわけではない。
「だからさ、その弦が切れた拍子に
バチが飛んで顔に当たったんだよ」
「そうだ。それだね」
と二人で笑った。
どうかなあ?
怪しいもんだなあ?
とお互いに思っている空気が笑いの中にうっすらと漂う。
でもそれも面白いから
そういうことにしておこうよ
ということになった。
ゲラゲラ笑ったのでそれで良いのである。
後でもう一度調べてみると
バチは罰と書いてバチと読むことがわかった。
罰が当たる、と書いて
バチが当たるのだ。
「そうか、良い線を行っていたと思うけどなあ」
「どこがや?」
とオカムシがツッコミを入れてくれたら
またこれで笑える。
今度会う時までにそのことを覚えているかどうか、
そこが一番の問題である。
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そんなことってあるだろうか?
26/Jun.2020 [Fri] 14:15
このあいだ東京に出かけた時に
山手線の車内に座っている女性が
みんな太っているので驚いてしまった。
朝の電車で混んでいたのもあって
一人起きではなく、シートにびっしりと
女性が座っていた。
その女性がみんな太っていたのである。
そう思って車内を見渡してみると
中年の男性もお腹の出た人が多い。
まあ中年男性は以前からお腹の出た人が多かったけれど
それにしても何だか太った人が増えたように思う。
コロナ渦で在宅ワークが増えて
家にいることが多かったせいで
太ってしまったのだろうか?
そういうこともあるだろう。
しかし、東京の女性は痩せた人の方が多かったのに
たった数ヶ月でこんなに変わるのか?
と不思議に思った。
大島に戻ってから友人のオカムシにそう話してみると
「たまたまだろ」
と笑って本気にしない。
「また作り話を」
と言わんばかりの顔つきである。
まあね、それならいいけど、
太っている人があんなに並んでいるのを目にすると世の中何が起きるかわからないと
思ってしまった。
東京には美味しいものがたくさんあるからなぁ、
ちょっと油断して美味しいものを食べていると
すぐに太ってしまうことだろう。
「ウンウン、私もそう思う」
という人がいたら、お知らせください。
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おじいちゃん、がんばれー。
17/Jun.2020 [Wed] 15:16
くだらないネットのニュースを見ていたら
「放屁テロが行われる場所ベスト10」
というのがあった。
中身は開いて見ないけれど
想像するだに面白くて笑ってしまう。
ぼくの経験では放屁テロで一番危ないのは
国際線の飛行機の中だ。
特に若い女性が前に座っている時は
本当に危ない。
なにしろいきなり来るし、
この人がこんなに臭いものをするのか?
というギャップにも苦しむ。
しかもそれが何度も続くので
恐ろしいことになる。

あとは電車の中も危ない。
隣でされると、本当に苦しむことになる。
下手をするとその罪を擦りつけられたりするから困る。

銭湯にも最近は行かなくなったけれど、泡の出る湯船の中で
やるやつがいましたね。
谷中に住んでいた頃は、鉱泉の湧くお湯で
なんとなくその匂いがオナラと似ているので
「ん?」
と思うけれど確信が持てない。
そこに座っている人たちの顔を見ても
みんな何食わぬ顔をしている。
まあ、そんなことを思い出す。

「おじいちゃん、電動椅子でウーバーイーツに参戦」
というのも最近見た。
これも開いて見たわけではないけれど
想像すると可笑しくて笑ってしまった。
ウーバーイーツというのはお店で買った食べ物を
自宅まで自転車で届けてくれるサービスのことで
それを電動椅子で始めたおじいさんがいるのだろう。
ウーバーイーツの自転車は、この間東京に出かけたら
もの凄く増えていて、それが歩道を飛ばして走るので
ぼんやりしていると危ないのである。
さらに子供を載せたお母さんやら、若い人も自転車に乗って
飛ばしてくるので、油断はならない。
あんなのにぶつかられたら、骨も折れますよね。
そんな中で電動椅子のおじいさんがウーバーイーツの
あの黒い箱を膝に乗せてゆっくり走っている姿を見かけたら
やっぱりクスッと笑ってしまうだろう。
おじいちゃん、がんばれ〜。
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久里浜の思い出。
10/Jun.2020 [Wed] 13:59
魔法使いサリーの歌詞が
頭の中でずっと回っている。
「マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン」
ってなんだろう? ということを
この何年か、ぼんやりした時に考えている。
「クリハマ、タリハマ」
逆にして読むとそうなるけれど
作詞をした人が久里浜に縁があったのか?
とも考えた。
こんなことを誰かに訊けると良いのだけれど
そんな人は近所にいない。
イタリアにジョバンニという39歳になる友達がいて
彼と奥さんのパオラは子供の頃にテレビで
日本のアニメを見ていたのだそうだ。
特によく見ていたのは
「アタックナンバーワン」
で、何年か前に彼らが東京に遊びにきたときは
「まんだらけ」でそのレコードを買って帰ったほどである。
しかし、主人公の名前はイタリアでは「ミミ」というのだそうで
鮎原こずえではないという。
そのジョバンニとはやたらと気があって
前に「うんこの形をした石鹸」を東急ハンズで見つけて
お土産に持って行ったら大喜びされたことがあった。
その日は友達の集まるちょっとしたパーティーで
アンナの家で夕食を食べることになっていたのだけれど
その真っ白なテーブルクロスの上にうんこ石鹸を載せたら
アンナがもの凄く怒った。
「テーブルにそんなものを載せないでよ」
と言うわけだった。
「だってこれ石鹸だよ」と言っても
「いいからどけて」
とアンナ。
ぼくとジョバンニは二人でハイタッチをして喜んだ。
まるで小学生である。
もしこんな疑問を訊けるとしたら、ジョバンニくらいだろう。
でも魔法使いサリーのことは知っているのかどうか?
それにマハリクマハリタだって、イタリアではどういうふうに
放送されたのか、いまだに聞いたことがない。
会うとくだらない話しばかりで盛り上がって
その話は忘れてしまう。
ネットで調べてみると小林亜星氏が作曲をする段階で
咄嗟に付けた言葉なんだと書いてあった。
そうすると意味はないのかもしれない。
調べなければ良かった。
死ぬまでこういうことを考えている方が面白いと思った。
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神様がくれたもの、ふたつ。
04/Jun.2020 [Thu] 14:33
近所の建設会社の会長さんから電話があった。
古い島の民家の梁と板戸があるから
欲しければあげると言う。
実は昨年の九月にも近所で古い家を解体して
この時も梁や材木を貰った。
見に行ってみると、これがとんでもない大きさのもので
家の倉庫には、入らないのではないか?
と思う。
それにこう言う廃材をもらって
「一体どうするつもりなのか?」
と妻に聞かれる。
この古い材料を使って古民家を建てるつもりがあるか?
と問われると、うーん、と唸ってしまう。
古民家を建てるのはお金が掛かる。
それに台風も来るし、建ててもまた壊されることも
目に見えている。
しかし、そうは言っても、こんなに太い梁は
もう二度と出てこないだろう。
素晴らしい材である。
ということで貰うことにした。
ぼくの軽トラックでは運べないので
運送屋さんを頼んだ。
この運送屋さんも付き合いが古いので
電話で説明するとすぐに言っていることを理解してくれて
「じゃ、明日やりますよ」
と言ってくれる。
運送屋さんの社長も簡単に考えていたらしいけれど
現場に行って、
「こりゃ大変だ」
ということが判ったらしい。
1トン車では積み切れないくらい大きい長い梁なので
3トン車を用意し直して、倉庫まで運んできてくれた。
それをフォークリフトで持ち上げて
倉庫まで運び込む。
運送屋の社長と若い衆が一人来てくれたけれど
倉庫に入れるためには人力で運び込まなければならない。
ぼくは例の胃が気持ち悪いことからめまいがするので
どうかと思っていたけれど、もうこうなるとやらざるを得ない
状況になってしまった。
三人でどうにか持ち上げて、倉庫に入れる作業を
何回も続けた。一回運んでは休み、また続ける。
そんなことで、なんとか倉庫にこの梁を納めた。
やれやれ、と思っていると
めまいも少し治っている。
荒療治もしてみるもんだ、とあとで思った。
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SMカチカチ山。
02/May.2020 [Sat] 9:17
お灸には両面テープが付いていて
それを剥がして背中につけるものを改めて買った。
これなら椅子に座っても背中にお灸が据えられるからだった。
ところが火を点けるライターの火が一定ではないために、背中の皮膚が焦げる。
焦げると当然熱い。
熱いのでわめく。
ということで、何か他にいいものがないか?
と考えた。
ローソクはどうだろう? ということになった。
仏様にお供えする時に使う小さなローソクを持ってきて妻に渡した。
これなら良いだろう。
そう思って背中を向けて待っていた。
するとまたしても
「熱い、あつい」
と叫んでしまった。
ローソクのロウが背中に垂れたのだそうだ。
背中の皮膚は薄いので、毎日お灸をするだけでも
火傷をしたような跡ができて、水膨れのようになっている。
そこに今度はロウが垂れてしまった、というわけである。
うーん、こりゃまた考えなきゃ。
なかなかうまくはいかないものだ。
線香で点けると良い、ということも聞いたけれど
これもモグサが湿気っているのか点きが悪かった。
お灸一つを据えるのも、なかなか試行錯誤があるものだなあ。
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心の中のスーダラ節
17/Oct.2019 [Thu] 17:14
ミャンマーから帰ってみると、ありゃー、こりゃひどい、
というくらい家は滅茶苦茶になっていた。
留守番をしてくれたタケシ君から
「本当にひどい状態ですから、その心積もりでいてください」
と言われていたけれど、たしかにその通りだった。
けれども、メールで送られてきた写真の状態よりは
ひどくは見えなかった。
それは、タケシ君がこつこつ片付けていてくれたからである。
寝室に散乱した硝子の破片や、水浸しになった床や
壊された窓や、そういうものを片して、なるべくきれいな状態にしてくれていたのでショックも少なかったのである。
ベニヤ板とビスを買っておいてもらって、大島に到着するとすぐに
家の中を見に戻った。
今日すぐには住めないけれど、近い将来、またこの家に住みたい。
そのためにはどうしたら良いのかを考えた。
まず屋根の雨漏りを修理することが必要だろう。
それから寝室の窓をふさぐこと。
ベッドを直すこと。
このベッドの上に飛んできた屋根は釘が引きちぎられたまま
つまり釘が屋根の断片に付いたまま、飛んできて
窓を突き破って、ベッドの上に落ちたのだ。
ベッドは自家製で、畳が敷いてある。
その畳を支えている材木が外れて、壊れてしまっている。
本当にここに寝ていたら、釘が腹に刺さって、そのまま引きずられて
内臓も破裂していたことだろう。
やっぱりついていたんだな、と心の底から思った。
家のことなんて、生きていればなんとかなる。
お金が保険でまかなえなくても、出来ることは自分で直していけば良いのである。飛んできた屋根の一部は窓を破壊しただけではなくて
コンクリートの壁も破壊していた。
とりあえずベニヤ板を張ってくれてあったので、そこに断熱材を切って
はめ込むことにした。
そうすれば寒くなってもなんとか凌げるのではないか、と思った。
あとは屋根だ。
ブルーシートを張ってくれてある上から、
ベニヤ板を切って、はめ込んでビスで留めた。
電動ノコギリがあるので、こういうことも出来る。
大島に住むためにはある程度の大工仕事も必要で、見よう見まねで
なんとか出来るようになった。
大切なのは気持ちだ。
メールで「大変でしょう?」 と言われると、こちらもつい
「大変です」と言いたくなる。
しかし、泣き言を言うと気持ちがヘタってしまうのだ。
「よしきた、それッ」
という気持ちで臨まなければ、こういうときは落ち込むばかりだ。
だから気の持ちようを強くして、楽観的に思うしかない。
それには自分を騙すくらいでないと、現実に負けてしまう。
「スーダラ節」を歌うと楽しくなるので
心の中ではいつも歌っている。
「あ、スイスイスーダラタッタ、スラスラスイスイスイィー」
と口ずさむだけで、もう愉しくなってくる。
ついでに踊るともっと愉しくなる。
そうなればこっちのものだ。
大工の作業も好きだし、
「俺、愉しくなってきちゃった」
と手伝ってくれているタケシ君に言うと、タケシ君は変な顔をして
ぼくの顔を眺めていた。
(どう答えていいのか、わかりませんよ)
というような神妙な顔つきで、ぼくの顔を眺めていた。
すぐに消費税の増税で、焼酎の値段も変わるので大忙しだ。
それ、がんばれ。
「スーダラ節」が効かなければ、早見優の「夏色のナンシー」だってある。
あれは最強だな。(ああ、恥ずかしい)
オーディオは水で濡れて、音が出ないけれど、脳内ではいつでも再生できる。
負けないぜ、という気持ちで過ごしている。
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台風15号についてのお知らせ。
14/Sep.2019 [Sat] 13:27
台風15号が通過した日にミャンマーに来た。妻も一緒である。
すると大島から写真がどしどし送られてきて、「家が大変なことになっています」というメッセージが届いた。
送ってくれたのは留守番をしてくれているタケシ君からで、屋根のトタンが剥がされて、その下のルーフィングという防水用のシートまでがなくなっている写真が添付されていた。
さらに水浸しの床。
寝室の窓は風で飛んできた大きな戸で破られて、木の葉と共にガラスが散乱している。
玄関の扉にも何かが飛んできて、ガラスが破られている。
畳の部屋も水で濡れて、さらに裏の家も屋根から玄関から斧で殴られたように板が割れていた。
家の海側にある父の営んでいた店は全壊して骨組みだけになっていた。
幸いなことに焼酎工場と店舗だけは大した被害がなかったらしい。
こりゃ大変だ、ということですぐに帰る手続きを始めたけれど、ぼくの買ったチケットでは帰る日付けを変更することは出来ないという。
その交渉に一日かかり、何の進展もないまま過ごした。(親身になってわざわざ会社から来てくれたHISのF田さんありがとうございました)
壊された家の周りには飛ばされてきた廃材が散乱して山積みになっていたけれど、これは近所の人たちが片付けてくれたという。
剥がされた屋根は設計者の大嶋さんに連絡をして、大島まで来てもらい、シートを張ってもらった。
阪本さんにも連絡して、大嶋さんが出来なかったところの補修をしてもらった。
外国にいる自分には何も出来ないことがもどかしい。
送られてくる画像と共に
「これはどうしますか?」
と聞かれるけれど、どうしたら良いのか、判断できない。
グシャグシャになった布団は捨てますか? と訊かれても母の嫁入り道具として持ってきた布団だから捨てたくない。しかし見るも無残な布団を見ると捨てた方が良いだろう、と思う。
ここで寝ていたら大怪我をするか最悪死んでいたかもしれないと写真を見て思った。
旅を楽しむどころではなく、そのメールのやり取りや、あとは「大丈夫ですか?」というメールがたくさん送られてきて、対応に追われている。
ようやく帰りの飛行機のチケットを改めて買った。
家は写真で見る限り、すぐに住めるような状態ではなさそうだ。
そこへ持ってきて、帰った翌日に取材の申し込みまで来て、もどかしい気持ちになる。
「大丈夫か?」と訊かれれば「そうでもないです」と言いたいところだけど、身体は元気だ。
メールでの問い合わせはなるべくなら送らないで頂けると助かります。こんな状況で、ご心配をいただき、ありがとうございます。
とにかく元気で怪我もなく過ごしています。(そりゃそうだ)
年々台風も大きくなってきていて、いずれここには住めなくなるのではないか、と思っている。
工場や倉庫は保険に入っているけれど、家は保険に入っていないので、それも困ったことだと思っている。
ま、外国にいてそんな心配をしても始まらない。
ミャンマーの夕日が綺麗で今日はそれを眺めた。
タケシ君ありがとう。
助けていただいた方々、ありがとうございます。
本当に涙が出ます。
ご心配くださっている方々にも、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
ついているんだか、いないんだか、突っ込みどころ満載だな、俺。相変わらずやん、タニグチ君、と自分に言いたい。
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日ごろの鍛錬が物を言う。
23/Oct.2018 [Tue] 17:00
朝、ゴミを出しに行くと、隣のおばさんがゴミを出しているところだった。
「おはようございます」
と声を掛けると、
「ヒデ坊もずいぶん痩せたなあ」
と言いながら、ジロジロと不躾な視線で上から下まで値踏みをするように
見つめられた。
おばさんにとってはぼくはまだ「ヒデ坊」なのだ。
同級生のお母さんなので、まあ仕方がないけれど
黙っていると何を言われるかたまったものではない。
「かわいそうにねえ」
とぼくはすかさず言った。
すると、可笑しそうに、ケラ、と笑って
それからげらげら笑った。
ぼくも可笑しくなって笑った。
「可哀想じゃないよ」
とおばさんは言って、なおも嬉しそうに背中を丸めて笑っている。
うはは、どうだ、こういう返しが出来るには
やはり相応の鍛錬が必要なんだ。
「そんなことないよ」
でもいけないし
「うん」
ではつまらない。
やっぱりここは、この言葉しかない。
朝から決まったぜ。
意気揚々と家に戻って、それからお茶を啜った。
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シアトルに渡った祖父を探して。
22/Mar.2018 [Thu] 17:31
今は英語を勉強している。
こんな歳になって、英語を必死になって勉強するなんて
夢にも思っていなかったけれど
とにかく毎日、話すことと、聞き取りの練習をしている。
一日休むと、今まで聞き取れていた単語が聞こえなくなる。
粒になって耳に届いていた言葉が、泥のように固まって
聞き取れなくなってしまう。
口から単語も出てこなくなって、泡を吹くように
もたもたと喋る。
カナダの友人のロブが、新しい言語を話すことは
老いた脳に一番効く、と言っていたけれど
本当にその通りだと思う。
物忘れもしなくなるし、言葉もすぐに出てくるようになった。
しかし、呆け対策のために英語を勉強しているわけではない。
祖父が昔、110年前に、アメリカのシアトルに渡って
ソーダ会社を経営していたので、それを調べに、先月、出かけてきた。
シアトルには巨大な図書館があって、そこで会社のことや
入国してきた外国人について調べることができる。
手がかりは祖父が晩年に作った一冊のアルバムで
その中に、ソーダ会社を設立した当時のお披露目の葉書が
貼ってあった。そこには住所も印刷されていて
それを頼りに探していけば、なにか見つかるのではないか?
と思ったのだ。
30年も前から調べに行きたいと思っていたけれど、他のことを優先して
このことはいつも後回しになっていた。
その重い腰をようやく上げて、ついに先月シアトルに出かけてきたという
わけである。
しかし、大きな問題はシアトルの人の喋る英語が聞き取れない、という
ことだった。
幸いなことに妻が英語が堪能で、本当に何から何まで助けてもらった。
でも一度の滞在では、調べつくすことは出来なくて、
もう一度出かけて調べなければ、と思った。
ひとつのことが見つかると、その枝葉を探って、さらに調べることが
増えてゆくからだ。
ソーダ会社を設立するまでに、祖父はどんなことをしたのか?
なぜ失敗したのか?
それからどうしたのか?
まずはそれを調べたくて行ってみたけれど、今度はその細部も調べなければ
ならなくなった。
今は現地の人とメールでやり取りも出来るけれど、それにしても
英語で文章を書かなければいけないわけで
そんなことも含めて、もう一度英語を勉強している。
単語カードに今日習った文章を書いて
それを仕事場でめくりながら、復習をする。
簡単な単語が出てこなくて、それを辞書で調べる。
いくつになっても勉強をするのは楽しいことよ、と
ロブとは別のカナダの年老いた友人に言われたことがあったけれど
それに目的が伴うと、本当にやる気が出てくる。
知らない人と話すことは楽しい。
ましてやそれが外国の人となると、文化から、その背景から
色々なことがわかって、本当に楽しい。
アメリカは移民の国で、祖先を辿ることについて
話すと、みんな色めき立つように
「It isso exciting story」
と声を揃えたように言う。
それは多くのアメリカ人の祖先が、どこかよその国から渡ってきたからである。
ぼくも、もし祖父がこの島に戻ってこなければ
ここにこうして住んでいることはなかっただろう。
いつか、それをまとめることが出来たら、と思うけれど
それよりもまず今は調べることだ。
先は長いけれど、でも、一歩踏み出した、というわけである。
(こうして書くとかっこ良いように思えるけれど
そんなことはなくて、つまづきの連続である。)
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