日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
本当の健康はどこにあるのか?
25/Oct.2015 [Sun] 19:38
夜中に息苦しくて目が覚めた。
心臓の様子がどうもおかしい。
そう思って脈を測ってみると
トックン、トックン、トックン、トーックーン、
と十回に一度くらい、ゆっくり脈を打つときがある。
心臓さんも疲れているんだなあ。
しかし、心臓さんに働いてもらわなければ
全身に血が廻らないわけで
これは大変である。
でもね、ここで大騒ぎをすると
本当に病気になるので、まあ、大したことないよ、
と思うことにした。
肩甲骨の凝りがひどくて、具合が悪いので
その影響も考えられる。
そこで起き上がって、坐禅を組む格好をした。
こうすると、肩と肩甲骨が広がって
血流が良くなる。
しばらく坐って、それから脈を測ってみると
ほらね、治った。
ちゃんと、正確に脈を打ち始めた。
(またそんなことを言って。
ちゃんとお医者さんに診てもらわなきゃダメでしょ?)
これを読んでいる人はそう思うことだろう。
はい、お医者さんのところにも行きますよ。
でもね、身体のことはなんとなくわかる。
ホントに悪いのか、ちょっとしたことで治るのか
これまでの経験で、だいたいの察しが付く。
心配すればするほど、今度は病気にはまってゆく。
病気になりたいのなら別だけど、これはひどい背中の凝りが
悪さをしているんだと思う。
それからまた眠った。
色々なことがあるけれど、自分のことがわかる、ことは
ありがたいことだなあ、と思った。
わからないと、ここから鬱病になったりもする。
そういう意味での健康はとても大切なことである。
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ムカデと茄子
31/Aug.2015 [Mon] 19:03
夕ご飯の支度をしていた妻が
「うわぁ」
という声をあげた。
どすん、バタン、という音も聞こえた。
シンクの中を指差している。
覗いてみると大きなムカデがいるのが見えた。
持っていたグラスの底で、ムカデの頭を叩いた。
茄子の袋から出てきたという。
今日、この茄子を買ってきて、
これは地元の人が作った野菜である。
収穫したときに、茄子にくっついたまま、
袋に入れられて、ここまで来たんだろう。
それにしても、袋詰めをしたおじさんも
よく平気だったなあ、と思った。
(袋には収穫者の名前が付いている)
でもシンクの中に落ちたおかげで、
家の中で逃げられずにすんだ。
妻は今日に限って、茄子の袋をハサミで切ると
そのまま投げるようにシンクの中に置いた、という。
いつもの通り、茄子を一本ずつ袋から取り出していたら
ムカデに噛まれたことだろう。
さらに、そのまま逃げられたら、台所の隙間に入りこまれて
探すことも出来なかっただろう。
しかし大きなムカデだった。
グラスの底でギュっと押さえると、嫌がって、右に左に暴れた。
その太い、丸い腹を見て、思わずグラスを持つ指を引っ込めたほどだった。
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緊張したなあ。
26/May.2015 [Tue] 18:45
イタリア語の勉強をしているんですよ。
今まで、本格的に勉強をしたことがなくて
イタリアに行ってもなんとなく、単語を並べて
喋ったつもりになっていたんですね。
ところが、友達が集まって喋りだすと
何を言っているのか、わからないことが
多くて、ポツンとしてしまうことが
よくあったんです。
そういうときはちょっと寂しい気持になって
でもそれを打開するためには
やっぱり勉強をするしかない、ということに
気がついたわけですね。
語学は才能ではなくて、勉強あるのみ。
単語を覚えて、その活用を覚えて、
口から出てくるようにすること。
その言葉が出てこなくても、近い場所から
「ほら、えーと・・・」
と言いながら関連する言葉を並べていけること。
何しろイタリア人は気が早いので
話し出すと、自分のことで頭がいっぱいになるのか
こちらも集中して話さないと
耳を傾けてくれません。
一対一ならまだしも、みんなが集まって、ご飯を食べているときなんかは
もう、話題が次から次へと、どんどん移ってゆく。
そこに食い込んで、喋って、笑わせなければ、面白くない。
せっかくイタリアに居るのに、つまらないなんて
もったいない、と。
それで、今年の始めから、勉強を始めました。
今日は、レベルアップのテストを受けることになったんです。
授業を受けていて、二人の先生から推薦を受けると
このテストを受けることができる。
緊張しましたね。
いつも、仲良しのダニエッレが、今日は試験管になって
質問をされました。
絵を見て、
「この人たちは何をしていますか?」とか
「彼らの次のバカンスの予定を教えてください」
とか、もう次から次へと質問が繰り出される。
まだ続くの? と思いながら、その質問に答える。
イタリア語の難しいところは、名詞に男性と女性がある。
さらに、動詞の変化によって、誰のことを言っているのか
が変わるので、それを覚えて、使い分けなければいけないんですね。
そこを間違うと何を言っているのか、わからなくなってしまうんです。
いや、汗をかいて、
「暑いよ」
とダニエッレに言うと
「落ち着け。いつもの授業だと思って頑張れ」
とダニエッレ。
いいなあ。頑張るのは楽しい。
いくつになっても、今日が素晴らしいっていうのは
本当に大切です。
あっ、良いことがあったんです。
造っている焼酎が文言春秋で取り上げられることになったんですよ。
知り合いからの推薦とかではなくて
どうも口コミで、ということらしいんです。
嬉しいじゃないですか。
さて、試験は受かったのかどうか。
結果はまだわかりません。
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うおーっ。
14/Feb.2014 [Fri] 19:07
大雪の翌日、大島に戻ってみると
自宅の横の倉庫の屋根が飛んでいるのがわかった。
わかった、ということではなくて
屋根が地面に落ちているので
ありゃー、と思った。
ここは昔、焼酎を造っていた工場で
今は倉庫代わりに使っている。
屋根は蒸気が抜けるように、真ん中が
一段高くなっている。
そこに強い風が当たって、ごっそり飛んでしまったらしい。
下から見ると空がぽっかり見える。
ということは雨も落ちてくるわけで
すぐにふさがなければ、と思いつつも
焼酎の仕込みに追われた。
その合間に大工さんに電話をしてみると
「忙しくてダメだなあ・・・」
ということ。
震災以降、どの大工さんも工務店も
仕事が詰まっていて、急に仕事を頼んでも
すぐに対応はしてくれない。
四人の大工さんに聞いてみたけれど
どの人もダメだという。
しかし、週末にはまた大荒れの天気になるので
どうしても直さなければ、倉庫に仕舞ってあるものが
使い物にならなくなってしまう。
どうしようか? と思って、自分でやることにした。
トタンの余ったものを屋根に上げて
それからベニヤ板と長い材木を用意した。
電気ドリルに金槌、あとは釘。
屋根に登って下を見ると足がすくむ。
屋根もトタンがところどころ傷んでいる。
今はここを使っていないので
傷みも激しいのだろう。
友人のO君が見に来て、一緒に手伝ってくれる。
O君は体格が良いので、屋根を踏み外さないか
心配になる。
「そこの釘の打ってあるところを歩いてくれよ」
とO君に頼む。
作業を進めようとしたところでノコギリを持ってくるのを
忘れたことに気が付く。
しかしツバキ城までこれを取りに戻っている余裕がない。
これを直したらすぐに戻って、瓶詰めをすることになっている。
まあ、長いまま材木を打ちつけよう。
良いよ、応急処置なんだから。
そう言うとO君は呆れている。
とにかく下地になるベニヤ板を張って
その上からトタンをかぶせて、釘を打ち込んでゆく。
雨が降りそうで、さっき顔にポツンと落ちてきた。
焦っていた。
O君は仕事があるので帰るという。
ぼくも瓶詰めに、ツバキ城まで戻った。
なんだかやる気のようなものが体中にみなぎって、
叫びたいような気分である。
やればできるぞ、何にも怖いものなんてないぞ。
来るなら来やがれ、うおーっ。
こういう気持ちは中学一年生のときになった。
何か血中に活性されたものがほとばしって
身体中を駆け巡っている。
何だってやれば良いんだよな。
これは出来ないとか、無理とか
そんなことはどうでも良いんだ。
うおーっ。
そんな気持ちも夕方には消えて
あとはドッと疲労感が残った。
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日常という日常。
08/Apr.2011 [Fri] 8:07
入院手続きを済ませると、看護師さんが迎えに来てくれた。
五階の部屋まで連れて行ってくれるらしい。
大きなエレベーターがゆっくりと降りてきて
二人でそれに乗り込んだ。
患者さんがストレッチャーに寝たままエレベーターで
移動できる大きさなのだろう。
二人だけだとガランとしている。
「今日は夕食は出るんでしたっけ?」
あまりにも静かなので、ぼくはそう話しかけた。
「あれ? どうだったかな? 今日はね、もう夕食の準備は
終わったから。あれ? ちょっと待ってね。
上に行ったら聞いてみるね」
看護師さんは言った。
「テレビはカードを買うんでしたっけ?」
ぼくは言った。
「そうそう。でも今日は売店が閉まっちゃったから
イヤホンがないわね。イヤホンを付けないとテレビ見られないのよ。
テレビがないと、他にすることなくて困るもんね?」
この病院ではテレビはあらかじめ据え付けられている。
500円のカードを自動販売機で買ってそれをテレビに差し込むのである。
けれどもイヤホンは、一階の売店で買わなければいけないらしい。
テレビが無くても、やることはたくさんある。
手帳に書いておきたいこともあるし、
本も持っている。
ラジオも持ってきたので、これを聞くのも楽しみだ。
ラジオには、好きな番組をあらかじめ録音してあるので
この中から聞きたいものを選ぶこともできる。
普段は忙しくて録る一方になってしまっているので
これをひとつずつ聞いてゆくのも良いなあと思った。
「そうですね」
ぼくは言った。
テレビを観るしかやることがない、という人も確かにいるんだろう。
入院をすれば、その中にどんどん埋没してゆく。
普段の生活からは隔離されて、繭(まゆ)の中にいるような
居心地の良さもある。
やろうとしていることは、ほとんどできないまま、
気がつくとご飯を待っている。
退屈するといつの間にか眠りに落ちる。
検査やら血圧やら、体温測定やら、そのあいだに様々な小さなことが
挟み込まれてゆく。
日常から離れても、すぐにまたこれが日常になってゆく。
初日だけは、そこから少し浮いている。
エレベーターが五階に着いた。
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時代だなあ。
07/Apr.2011 [Thu] 8:06
入院の手続きをしているときに
名前をベッドの枕元に表示して良いかどうか?
お答えください、という紙を渡された。
かつては信仰している宗教があるかどうかを
記入する欄があったけれど
今はそれはなくなっている。
時代だなあ、と思った。
「大変ですね。名前の表示まで?」
ぼくは手続きをしてくれている女性に言った。
この人は前にもお世話になったのを
思い出した。
目がくりっとしている。
あれから何年が経ったんだろう?
八年?
そんなに経ったのか?
「そうなんですよ。個人情報ですから・・・」
お姉さんはすこし困ったような顔をして、ぼくを見た。
「ぼくは大丈夫ですよ。書いていただいて構いません」
お姉さんはそれを聞くとホッとしたような表情になった。
しかし名前を表記しないとなると
その患者さんを呼ぶときには、どうするんだろう?
アルファベットでAとか、自分のペンネームのようなものを
表記するんだろうか?
しかし容態が悪化して、ペンネームで呼ばれても
それに反応しないことだって、ないとは言えない。
急につけた名前を自分で忘れてしまうことだってあるだろう。
ぼくのベッドの枕元には、ぼくの名前のほかに
担当医が丁ドクター、と書かれている。
テイさん?
どこの人だろう?
日本人だろうか?
と考えた。
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突き詰めて考えるのなら。
04/Aug.2010 [Wed] 7:30
追突の後遺症に苦しめられて、鍼の治療に阪本さんのところに通っているときのことだった。

「ヒデさん、何事も前向きに考えなきゃダメですよ。このむち打ちも身体がよくなるひとつの事象だと思わないと」
と背中越しに言われた。
追突された相手を憎むことは簡単である。
しかし、そこからは何も生まれない。
そんなことを考えても仕方がないよ、と思いながら、頭痛を抱えて、また同じようなことを考えている。
それを見透かすように、阪本さんは言ったのだ、
と思う。
突き詰めて考えるのなら、生物は死に向かって生きている。
しかし、そのあいだに大きな「生」がある。

不思議なのは、いつもこういうことを考えさせられるような事故に遭うことだ。
今書いている長い話も、これと重なってくる。
一歩、突き抜けたいと思いながら、そこから抜けられずに、もがいている。

不思議だなあ、と思うのだ。
自分の書いている話とまるで似たようなことが起きる。
自分が仕出かしたことではないけれど、そこをかすめて現実が動いている。
不思議だなあ、と本当に思うのだ。

この二か月は、治療のために、さまざまなところに出かけた。
出かけた先でいろいろな出来事がある。
小さなことが重なって、
「あ、こういうことか」
と気がついたりする。
無数の、眼に見えない紙片が行く先々に置かれていて、それに気がつくこともあれば気がつかないこともある。

その紙片には、何かが書きつけられている。事故に遭ったから、ここまで来ることになったのだ。
ここまで来なければ、それに気が付くことはなかったんだろうか?
わからない。

こういうことを書いてもすべての人に通じるわけではない。
ただ小説にすると、その域にまで達する道筋が開けたりする。
いつか闇が晴れて、清々した気持ちになれば、また違ったものを書くだろう。
しかし、これはこれで書く意味がある。
そう思ってまた話を再開したい。
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大したことなくて、ありがとう。
28/May.2010 [Fri] 7:41
道の端に車を停めて、ウィンカーを出していた。後続車が途切れたら、車をバックさせて、家の車庫に入れようとしていた。
しかし夕方の混む時間になってきて、車が絶えない。
後ろから「邪魔だよ」というふうにバッシングされて、仕方なく前に出てその車をやり過ごした。再び停止して、ウィンカーを出した。バックミラーに、大きなトラックが近づいてきているのが見えた。
(こんなスピードで、この角度で、大丈夫か? 気がついているのか? ぶつかるんじゃないのかな?)
と思っている間に、強い衝撃が走った。
運転席から身体が離れて、戻された。
シートベルトをしていたからだろう。
助手席に座っていた犬はどうなったろう? と思うけれど、見るとキョトンとした顔をしている。
ドアを開けて道路に出た。ドアが軋んで、うまく開かない。
ぼくが降りるのと同時くらいに、ぶつかってきたトラックから人が降りてきた。近所に住んでいるKさんだった。
「ごめん、見ていなかった」
と言った。
「示談にはしないで、警察を呼ぼう」
とお願いをした。
ゆっくりと身体が震えている。
そのうち悪寒がしてきた。
従姉妹が、働いている店から出てきてたので警察を呼んでもらうことにした。
凄い音がしたらしい。
家にいる妻に、事故のことを報告しにゆく。
しかし家に入って、上着を羽織ると、寒気がひどくなってきて、そのまま上がり框に横になった。首のあたりが痛い。
「犬が乗っているから、連れてきてくれない?」
というのが精一杯である。
しかし困った。
五日後にはイタリアに行くことになっている。チケットも手配して、もうキャンセルもできないだろう。
(駐在さんはどの村も出払っていて、電話に出ないの。どうしたんだろう? )
と従姉妹が言いにきてくれた。
しかしそれにも答えることができない。
「大丈夫? 救急車を呼ぶ?」
と訊かれる。
「いや、大丈夫。寒いだけだから」
と答える。

というわけで、結局、救急車を呼んでもらって一晩、入院をしてきました。
むち打ち症で首と腰の捻挫という診断。
仕事は重いものは持たないように、と言われても、瓶詰めに追われている。
困りました。
イタリア行きは、延期することにして、今は様子を見ています。こんなことを書くと
「おいおいまたかよ。大丈夫かよ?」
と思われることでしょう。
大丈夫です。ご安心ください。
犬も元気です。
生きていると本当に色々なことがありますね。起きてしまったことは仕方がない。病院にお見舞いにきてくださったKさんにも
「起きてしまったことだから、あまり気に病まないように」と言った。
恨み言を言ったらきりがない。
そうではなくて、どう考えたら良いのか、
これは今書いている日記の連載とも重なってくる。
ぼくも聖人ではないので、もちろん悩む。
壊れた車はどうするのか、(後ろから強い力が加わったので、全体に歪んでいる。つまり修理が面倒なうえ、完全には直らないだろうということ)
鍼は治療代として保険屋が払ってくれるのか、問題は山積みとなっている。
それが現実である。
でも大丈夫。
イタリアで待ってくれている大勢の友人たちからも「大丈夫か?」
というメールを何通も貰った。
むち打ちのときに首に巻く、日本語ではなんというのか、イタリア語では「コラーレ」を今は巻いている。その写真を撮って、送ることにした。
「大丈夫。すこし延期したけど、会いに行くからね」
とメールを書いているところ。
朝日が今、窓から差し込んで来ている。
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春の夕暮れ 
04/Apr.2010 [Sun] 8:19
日が沈むすこし前に、ツバキ城の前でしばらくぼんやりした。
しばらく、と今は書いているけれど、時間にしたらほんの一瞬のことだ。
たまたま、工場から出てきたら、目の前の銀杏の木が黄金色に輝いていた。向こうには海があって、そこに夕日が沈んでゆくところだった。それがあんまりきれいで、ぼうっとしてしまった。
妻に「芋」の紙をちぎってくれませんか? と言われて、それならその夕暮れの中で、と思った。
「芋」の紙というのは、御神火芋という商品の瓶の肩に張る小さな和紙のことである。これを刷ったあと、手で丸くちぎっている。丸く、というのはむつかしいので、味わいがあるように、雲の形にしたり、夢の形になるようにちぎる。
今頃の夕日は、時間も長くて、まだしばらく黄金色の時間は続いた。
メジロが長いおしゃべりのような声で、鳴いている。その向こうでは、ウグイスが鳴いている。どちらの声も、良い。
妻はウグイスが鳴くと「ぽーぺかこん」と真似をしてみせる。谷崎潤一郎がそう書いていたのだそうだ。たしかに、「ほーほけきょ」と今の季節は鳴いていない。
耳を澄まして、下を向いて芋のラベルをちぎる。ときどき目を上げると、黄金色に染まった銀杏の木が眼の底まで届く。
身体全体が夕日に染まるようだ。
春の中で、豊かな気持ちが深まってゆく。
明男ちゃんが、お墓の脇の、坂の向こうから、こっちを見ている。
「こっちも良いよ。でもそっちも良いズラなあ?」
と聞いてみる。
明男ちゃんは何も言わない。
寒くなってきたので、工場に戻ることにした。
カラスが鳴いて、山に戻ってゆく。
今日も良い日だったなあ、と思った。
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今日という日 4
31/Jan.2010 [Sun] 8:58
仕事場に出かけてから、セスナの予約をしようと思って電話をかけた。
しかし、電話はずっと話し中で、繋がらなかった。
蔵の引き戸を開けて、今発酵しているもろみの様子を見る。
とても元気だ。
泡が喜びに満ちている。
蔵の戸を開けた瞬間、もろみの香りに包まれる。
なんとも言いようのない気持ちになる。
喜びと苦しみが入り混じったような気持ち、とでもいえばいいだろうか。
そんな単純なものでもなくて、もっと複雑に絡み合った気持ちが湧いてくる。
背中の、肩甲骨のあたりのじくじくした痛みが苦しみの生まれてくるところのように感じる。
発酵の様子を見ながら、櫂を入れる。
もう冷却装置もはずしても大丈夫だろう。
そうして一仕事終えて、もう一度セスナの会社に電話をした。
今度はつながった。
今日も飛行機は飛んでいる、という。
しかし三便ある飛行機はすべて満席になってしまったのだそうだ。
やれやれ、それは困った。
困ったけれど、もろみと離れなくて済むのは、ちいさな喜びでもあった。
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