日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
蜘蛛のように?
07/Dec.2018 [Fri] 7:33
焼酎の仕込みが始まって、もう一月が経った。
麹菌が身体に入って、苦しい日々が続いている。
なんとかならないものか、と思うけれど、これがどうにもならない。
麹を造らなければ、焼酎の仕込みが成り立たないわけで
しかしこれを造ると身体が悲鳴を上げる。
というわけで、なるべく本数を減らして、と思うけれど
焼酎も売れるわけで、そうもいかない。
まあ、どうやっても苦しいわけだ。
えーとね、そんな話を書こうとしたのかどうか、
そんな苦しい話を書いたところで誰も読みたくはないだろう。
なにかもっと楽しい話しがあったのではないか?
そう、心躍るような楽しい話があって、それを伝えたいと思って
これを書き始めたのではなかったか?
そうだ、蜘蛛の話を書こうと思っていたのだ。
毎年、秋が深まると、蜘蛛が巣を張って、虫を捕る光景を
よく目にする。
しかし冬が始まると、その蜘蛛もどこかにいなくなってしまう。
いったいどこに行くのか? と思っていた。
そう思っていたら今年は家の窓と並行するように蜘蛛が巣を張った。
それなら、毎日観察できるし、これはいいな、と思っていたのだ。
しかし、麹を造るのに必死になって、そうなると工場に泊り込む日も
多くなってくる。
昨日久しぶりに家に帰ってきたら、蜘蛛はどこかに姿を消して
破れた巣だけが、窓の外に見えた。
今年もどこに行ったのか、わからないまま、冬が始まったというわけである。
今日はお寺で父の一周忌の法要があって、お経本をめくっていたら
「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」
という文言が目に飛び込んできた。
生と死を明らかにするのが、われわれ人間の一大事である、
と言っているのではないか?  と勝手に考えた。
ぼくにはわからないことが多くある。
秋が深まって蜘蛛がどこに行くのかということも知らないし、
生と死のこともわからない。
これを明らかにすることが一大事だと、お経本に書いてあるのは
本当にその通りだと思うのだ。
しかし、それを教えてくれる人がいるのか、というとどこにもいない。
お坊さんに訊いてもわからない、と思うので訊いたことがない。
蜘蛛がどこに行くのか、これも調べれば良いのかもしれない
けれど、自分でわかりたいのである。
この世は謎に満ちていてわからないこともたくさんある。
仕事がすなわち苦しみである、ということだって、
実に因縁に満ちた話であるわけで、どうすることも出来ない。
そうか、こういうことが書きたかったんだね、と自分を想った。
わからないことをずっと心に秘めたまま
そのうち自分も姿を消してしまうことだろう。
蜘蛛のように?
そう蜘蛛のように。
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