日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
お元気ですか?
13/Dec.2020 [Sun] 7:17
谷中に住んでいた頃のことを急に思い出した。
母親が亡くなったあとそれまで二人で暮らしていた部屋を引き払い、改めて谷中にアパートを借りて一人で暮らし始めた。
癌の末期だった母親が亡くなって、
死ぬということはどういうことなのか
初めて真剣に考えることになった。
生きていた人が急にこの世からいなくなることが
本質的にはどういうことなのかわからなかった。
これからどうやって生きて行くのか
それも改めて考えなければいけない時期に来ていた。
原稿を書きたいと思っていたものの、どうやってそれを仕事に結びつければ良いのか? まるでわからなかった。とりあえずどこかで
働かなければならない。
アパートの近所に洒落た喫茶店があり、ここのコーヒーが美味しかったので
働かせてもらえないか、聞いてみた。その店の扉を押すまで、ずいぶん時間が掛かった。
当時ぼくは24歳で、歳の近い若い子が多く働いていた。
その人たちは今どうしているんだろう、
と急に懐かしく思い出したというわけである。
その中の誰かといまだに連絡を取っているわけでもなく
みんなあだ名で呼び合っていたので
本名も思い出せない。
店長だった佐藤さんの名前は覚えているけれど
マヤちゃんやコンちゃん、ニキちゃんは
どうしているんだろう? と思った。
もうそれぞれ家庭を持って、お孫さんがいる人も
いることだろう。
あの頃はお金もなくて、毎日部屋で原稿を書くことだけに
必死だったなあ。書きたくてもうまく書けないことの方が多くて、自分でもどうしたらうまく書けるのか、途方に暮れることが多かった。お金がなくて困ったなぁと思って歩いている時に保育園で遊んでいた女の子が寄ってきて金網ごしに「大丈夫よ大丈夫だから」と言ってくれたことがあったっけ。不思議なことだったけれど、そうか、大丈夫なんだ、と思った。
あれからもう三十年も経ったわけか。早いもんだなあ、本当に昨日のことのようだ。
コーヒーの勉強もずいぶんして、それが今の焼酎造りの役に立った。人生何が起きるかわからない。懐かしい思い出である。 
今日は夕陽がきれいだった。
ヒヨドリの群れが青い空を飛んでいった。それをいつまでも見つめていた。
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