日本で唯一の屋根に椿の木を植えた店舗から作家、社長、杜氏である谷口英久が綴る抱腹絶倒の「Blog」
励ますつもりが励まされてしまった。
24/Dec.2021 [Fri] 17:29
95歳になる伯母さんに会いに行った。
近所にいるのになかなか会いに行けないでいたら、伯母さんから電話が掛かってきて
「焼酎の優等賞おめでとう」
と言われた。
そんなわけで伯母さんのところまで会いに出かけた。
今は本当に忙しくて、夜遅くなってから家に帰ることが多い。
でもたまたま早くに仕事が終わったので、伯母さんの顔を見に行こう、と、思った。
ぼくは子供の頃に母親が病気がちで、小学校時代二年近くこの伯母さんの家にお世話になった。
伯母さんは、今は娘さんの家で暮らしていて、月のうち何度かは老人ホームにショートステイで泊まりに行くらしい。
そこでも手厚く介護をしてくれてありがたいと話してくれた。
ご飯も美味しいし、なんでもよく食べられるという。
すべてのものに感謝して生きている。
伯母さんと話しているとそういう気持ちが伝わってくる。
「おまえ、ずいぶん痩せやしないか?」
と伯母さんはぼくの顔を見て言った。
めまいがして食べらなくなったことで痩せてしまった、と話すと
「なんでも食べなきゃだめだよ。
頑張れ」
と言われた。
伯母さんの娘であるぼくの従兄弟はそれを見て笑っている。
励ますつもりが励まされている、というわけだ。
でも伯母さんと一緒にいると、だんだん元気になってきた。
なんだろう? この感覚は?
すごいね伯母さん、と思った。
伯母さんのパワーをお裾分けして貰って、自分も元気になってきた。
食べることが楽しい。話すことも楽しい。元気なのが良い、と伯母さんに言われてその通りだと思った。
すごいことだなあ。
だから95歳でも元気なんだな、と妻と話した。
ありがたいことである。
伯母さん、いつまでも元気でいてください、と思った。
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焼酎を造る、ということ。
21/Dec.2021 [Tue] 14:51
虎ノ門蒸留所の一場さんからジンの原料に御神火を使いたい、と言われた。
今年の夏のことである。
しかしうちにはジンの原料にする焼酎の余裕がない。
毎年ギリギリの量しか造れないので、どうしたものか、と思った。
ところが一場さんに会ってみると良い眼をした人で、なんとか期待に応えられないものか、と思案した。
それなら一場さんがうちに来て焼酎を作ってみませんか? と提案をした。
それが実現して、11月と12月の二回に分けて一場さんが大島にやってきたというわけである。
一場さんに教えたかった一番大きなことは焼酎を造る姿勢だ。
それでこんな文章を書いて一場さんに贈った。


「一場さんに伝えたかったこと。」

焼酎の仕込みは祈ることから始まる。
馬鹿なことを言うな、という人もいるかもしれない。
でも、自分にとっての仕込みは祈ることだ。
良い焼酎が出来るように祈ることはもちろんだけれど、すべての循環の中で焼酎は出来てくる。
麦を作る人、さつま芋を作る人がいる。
その作りが、どうかうまく行きますように、と、祈る。
大島まで船で運ばれて来て、嵐になると麦や芋が届かないこともある。
そうなると仕込みができないわけで、海が静まるように祈るしかない。
今年の仕込みでは腰を痛めて動けなくなってしまった。
杖代わりにビニールパイプを持って、それにすがって立ったりしゃがんだりしながら仕込みを続けた。
どうかこの腰が治りますようにと、これも祈るばかりだ。
麦を食べにくるネズミもいて、それは駆除をしなければいけないけれど、ネズミ取りにかかったネズミにもどうか成仏してください、とお祈りをする。
そんなふうにすべての循環の中で焼酎が出来てくる。
虎ノ門蒸留所の一場鉄平さんに
「ジンを作る原料として御神火を仕入れたい」
と言われて、それならまず焼酎がどんなふうに生まれてくるのか、ということを学んで欲しいと思った。
焼酎がどんな工程を経て出来てくるのか、そこも大切だけれど、それ以上に祈る姿を見て欲しいとも思った。
原料になる焼酎の特性を知ったうえでジンを作ることは大切だけれど、それ以前の「祈ること」自体を身体で受け止めることが大切だと思ったからだ。
ぼくはもう歳で、焼酎は大量には造れない。
だから焼酎の一滴は身を削った血のようなものだ。
そんな造りをしていたら、早死にしてしまうこともわかるけど、どうしてもそうなる。
人に言わせればバカだ、と思われても、やはりそれしか出来ない。
美味しいものを造るということはそういうことだと思う。
その根っこのところを、一場さんだけでなく、すべてのジンを作る作り手に知って欲しいと思った。
傲慢な言い方に聞こえたら申し訳ないけれど、本当にそう思うのだ。
ジビエの人たちが「命を戴く」ということを言うけれど、やはりそれは身をもって体験しなければわからないことだ。
それを一場さんに知って欲しかった。
そうやって生まれてくるジンの原料としての焼酎を体感したうえで造るジンは、やはり味わい深いものになるような気がする。
それも「祈り」かもしれないけれど、そういうものが伝わったら良いな、と思っている。
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腰さんお願いします。
19/Dec.2021 [Sun] 15:45
高校を卒業する時に同級生のみっちょから「あんたは男版キャンディキャンディみたいな人だから、これからどんなことがあっても心配ないね」と言われたことを思い出した。
アニメのキャンディキャンディは当時見たことがなかったので何を言われているのかよくわからなかったけれど、まぁ彼女なりに褒めてくれたんだろうなあ、と思った。
当時ぼくは水泳部に所属していた。
太っていたのでタイムも遅く、入部してもすぐに辞めるだろうと誰もが思っていたらしい。
しかし結局三年間続けてしまい、そんなこともあってみっちょは男版キャンディキャンディだと言ったのかもしれない。
自分は馬鹿というか、その渦中にあっても自分がどういう境遇にあるのか、あまり真剣に考えていないところがある。
それでぼんやりしているうちに、本当に苦しい水泳部の練習も乗り切ってしまったらしい。
今はそれが焼酎造りで、こんな状況で腰も立たないのに、どうやって仕事をしているのか? と思う人も多いだろう。
自分でも痛いのは嫌だけど、そのうちその痛みにも慣れてきて、棒につかまりながら仕事をしている。
それを楽しむというわけではないけれど、まあ仕方ないなあ、と、思いながら、仕込みを続けている。
人から見たら大変なことだと思うだろう。
でも自分は馬鹿なのかあまり悩んでいないのだ。
一番大変なのは20キロの麦の袋を抱えて、ドラムの中に入れる仕事だけど、これは誰か近所にいる人に頼む。
誰もいない時は、手の空いていそうな人に電話をして頼む。毎日が綱渡りだけど、今のところどうにかなっている。

キャンディキャンディはどんな話なのか、今日、ネットで調べてみたら孤児院で育ったキャンディが明るく健気に生きていく話だとわかった。
どうしてみっちょがそう思ったのかも分からないけれど、とにかくそれを褒め言葉と受け取って、これからも馬鹿なりに生きていこう思っている。
それにしても腰さん、なんとか治ってくたさいね〜、と祈るばかりだ。
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どうしたものやら。
10/Dec.2021 [Fri] 15:49
腰を痛めてしまった。
特に何か腰に悪いことをしたわけではないけど、ゆっくりと腰が固まって、動けなくなってしまった。
焼酎の仕込みをするのに麦をドラムに入れるのだけど、その時に20キロの麦の袋を持ち上げる。
一回に300キロの麦だ。
それが続いて疲れが溜まっていたのかもしれない。
慌てて鍼に行ったけど、今回はすぐには治らず、そのまま芋の仕込みに突入した。
しかし芋の入っている箱も20キロでこれを持ち上げることが出来ない。
東京からタケシくんに来てもらって、なんとか仕込みを終えた。
ところがそのあとタケシくんが帰ってから、本格的に動けなくなり、一度横になると起き上がれない。
歩くのも杖をついてヨロヨロと移動するだけで精一杯。
これじゃあ本当に仕込みは出来ないので、どうしたものか? と考え込んでしまった。
仕込みを始めて酒母を作ると、それを二次掛けして、蒸留しなければならない。
そこまでやってしまわないと休めないのである。
なんとか気持ちを奮い立たせて、蒸留をした。
しゃがむと立ち上がれないので、手元に長いパイプを置いて、それに捕まりながら立つ、しゃがむを繰り返した。
もろみを蒸留器に入れさえすればなんとかなる。
そう思って仕事をした。
腰は変に動くと激痛が走るので、その度に苦悶の表情となって、額には皺が増えた。
やれやれ、なかなか辛いけど、仕方がない。
少しでも前に進んで、なんとか仕込みを終えたいと思っている。
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