新宿西口運命鑑定篇

一円で買えるもの何かありませんか?
運命鑑定、一円なんて・・・・・・だめでしょうか?  え?  いい?
あとできたら、一円分の領収書も欲しいんですよ・・・・・・。


   夕暮れどきになると歩道の傍らに占い師のろうそくの灯がともり始める。街によって占い師の数は違うけれども、どの街でも一人か二人はその姿を見かけるような気がする。横目でチラッと占い師の顔を見ただけで、
「どうですか?」
   と眼を輝かせて云ってくる人もあれば、その正面に立つまで何も云わない人もいる。
   今日はこの占い師に一円分診てもらおうということになった。突然だけれども編集者のM・山口は今回でこの担当を降りることになるという。はっきり聞いたわけではないけれど、ぼくが「臆病者」と書いたのがその大きな原因らしい。そこで新しい担当のユウ・米山と共に三人で夜の新宿へ出かけることになった。
夕暮れどきに一度、新宿の西口から東口、南口まで廻ってみたけれど占い師は大して出ていない。雨模様ということもあるのかもしれない。仕方なく三人で夕食を食べたあとで、夜の九時を廻った新宿の街へ再び繰り出した。
「三十分千円ですよ!! ハイ三十分で千円!!」
   傘をさした女の子が、そういってビラを配っている。なにかと思って耳を傾けるとカラオケのことだった。
「三十分で千円なら、一・八秒で一円?」
   M・山口に訊くとそうだという。一・八秒では歌えないけど、
「できるかどうか訊いてみて貰えませんか?」
   と、M・山口の気分を害さないように、なるべく丁寧な口調で言うと、渋々女の子に近づいていったものの、やっぱりうつむいたまま声をかけることはできなかった。
   東口の銀行の軒下で店を構える眼の鋭い女性の占い師に、まずは訊いてみることにした。三人で行くと威圧感を与えてしまう恐れもあるので、まずはぼくとM・山口が二人でその女性に尋ねてみた。もちろん訊くのは、いつもぼくの役目である。
「あのう、鑑定料っていうのはいくらなんですか?」
「千五百円です」
   女性占い師は切れ長の眼を前に向けたまま、こちらを見ずにそう言った。
「あのですね、世の中で一円で買えるものを探していまして、手相を一円分、診てもらえないでしょうか?」
   ぼくがそう言うと、彼女はひどく怪訝そうな顔をしてもう一度、耳をそばだてるようにこっちへ向けながら、
「なんですか?」
   と言った。同じ説明を判りやすく繰り返してみたけれど、全くとりあってくれなかった。
   仕方なく新宿西口へと廻った。M・山口は土曜日に西口でオカマの占い師を見かけたらしく、どうしてもそこへ行こうという。けれども西口の駅前にズラッと並んだ占い師の中に、その顔は見えなかった。
   こんどはユウ・米山と共に、ズラッと並ぶ占い師の誰がいいか、しばらく歩いてみることにした。けれどもこうして占い師の顔を見ていると人相の良い人というのは案外少ないように思える。これといった人がいないので端まで行って再び戻ってきた。するとさっきから椅子に座らずに立って、通りゆく人々を見ていたおじさんと眼が合ってしまった。手招きをして、ぼくを呼んでいる。悪い人でもなさそうなので、彼のところへ行って、二人で腰をかけた。
「奥様ですか?」
   とユウ・米山のことを訊かれたので、
「ちがいます、友人で、まだ知り合って間もない人で・・・・・・」
   とユウ・米山の顔を見ながら言った。
「そうですか、どれ、ちょっと診せてください」
   おじさんは占い師のかぶる、小さな灰色の帽子を頭にのせ、白いワイシャツにネクタイをしめている。陽に灼けているのが暗がりでもよく判った。五十一、二歳といったところだろうか?
懐中電灯をつけると、ぼくの両方の掌に光をあてた。掌に刻みこまれた線に、たてよこななめから注意深く懐中電灯をあてて、
「フーン・・・・・・あのねェ、申し訳ないんだけど・・・・・・女性の方、できたらちょっと席をはずしてくれませんか?  かなり凄いことになっているんで・・・・・・」
   と眉間に皺を寄せながら云った。まだ一円のことも話していないのに大変なことになってしまった。ユウ・米山は、近くの柱に寄りかかるようにして、むこうを向いてしまった。
   それからもう一度、占い師のおじさんはぼくの掌の筋に光をあてて目を凝らした。
   深い井戸の中を覗きこむようにして掌に顔を近付けている。
「あなたはね、ホラ、二重生命線っていって、ここから生命線が二つに分かれているでしょ。こういう人は、人のために働かなきゃ良い人生は送れないの、それも浅くじゃなくって深いところで勝負しなけりゃ人生はつまらないものになりますよね。エッ!? 結婚してる? そう、でもね、あなたは優柔不断なんですよ、それで人が良いからいけないの、決断して『俺はこうだ!!』って生きていかないとダメなんですよ、でも凄い運命ですよ御主人。鑑定料は三千円なんだけど、運命鑑定はさらにくらか・・・・・・いや、いくらでもいいんです、気持ちで。エッ、一円? なに? あっ、面白いことやってますね、一円で買えるか? それで鑑定料一円? ウーン・・・・・・運命ですから、もう少し。四のつく数字はいいんですよ、三プラス四で七、これはいい数字・・・・・・七千円。ね、いいですか? それじゃ一円分も他に診ましょう、この一円は重要な・・・・・・そう御主人の夫婦縁を診ることにしましょう、ね?」
   そう言われて七千一円払うことになってしまった。夫婦仲はきわめて良いのでそう言うと、
「でもね、あなたは火で奥さんは水なんです、それがうまく合わないとお湯は沸かない。今のところ水が蒸発してしまっている状態で・・・・・・」
   と、こと細かに一円分の話を二十分近くしてもらた。
   ひととり話が終わると一時間が過ぎていた。そこでユウ・米山に声をかけると、更に彼女も診てくれるという。はたしてこれがいくらになるのか、ふと思って訊いてみると
「これはサービスですから」
と言って笑われてしまった。
「それで領収書は・・・・・・」
   と、訊いてみると、一般的な領収書というものを占い師は特に持たないものらしく、鑑定書のわきに「金一円也」という手書きの領収書を書いて貰った。
   M・山口はウォークマンをききながら、むこうで突っ立っている。
   夜の十一時半に限りなく近づいていた針が、またひとつ、音をたてずに動いた。


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