一円で買える携帯電話篇

東京に定価一円の商品が出現した。PHS電話。
本当に一円で買うことがでいるのか?
領収書も欲しいぞ。不穏なものを感じながらその深層部に突入。
ガンバレ、タニグチ!!


  今、世の中で一番マヌケに見える風景は、サラリーマンが携帯電話で話しながらおじぎをしている姿である。  右手にカバン、左手に携帯電話を握り、ペコペコおじぎしながら歩いていくのを見ると、身も心も会社に預けてこの人も大変な筈なのに呑気なことだよなァと思ってしまう。
  トレンドの裏に秘む企業の口車だけには乗りたくないと思っていると、一円で買える携帯電話が出廻りはじめたという噂を耳にした。  担当のユウ・米山に調べてもらうと、『PHS電話・定価一円』という看板が池袋のビックカメラにぶら下がっているという。  自分の手元には置きたくないけれど、取材で買うのならいいか?  とも考えた。
  池袋駅で電車を降り、雨の中、ビックカメラに向かって歩くと、すぐに例の『PHS・1円』の看板が目にとまった。  店内に入ってみると京セラ製のDDIポケットの電話機に赤い"1円"のシールが貼られていた。
  ぼくと同じようにこのPHS電話のコーナーの前にボーッと突っ立っている頭の薄い中年サラリーマンとズボンをズリ下げた"黄色い髪"の高校生のわきをすり抜けて、この売り場の担当者らしき無表情の若い男に、
「この一円の電話って、ちゃんと使えるんですよね?」
と尋ねてみた。
「エエ・・・・・・」
若い男は両方の腕をダランとたらしたままそっけなくそう云うとあとは何も喋らずそこに立っている。
「どうして一円なんですか?」
とぼくはまた尋ねてみた。
「新しい機種が出ていまして、在庫を抱えて倉庫代を払うよりは安く売った方がメーカーとしても利益につながりますんで」
と表情をかえずに云った。
  この男は、何か尋ねても、決してぼくと目を合わせようとはしない。
「それで、どうして一円の定価が付いたの?」
と訊くと、男は
「ハ?」
といった表情をしてこっちを見た。
「だからなんで一円なの?  五円でも十円でもタダでもいいのに、どうして一円になったの?」
  ぼくが訊くと男はそこではじめて露骨にメンドクサソウな顔を見せて、
「タダだと色々と問題があるんですよ。  それで最低料金の一円で買って頂いているんです。  でもお客さん、これはあくまでも電話機だけの値段で、後で加入料七千二百円をお支払い頂くことになりますんで、一円だけってことにはなりませんよ」
と云われた。
「え?」
と言って訊きかえすと、今日は一円だけ払えばいいのだけれど、後で電話の加入料金の請求書がぼくの手元に届くという。
  そこでしばらく買うのを考えて、再び雨の中を駅まで戻った。  あの終わることのないビックカメラの宣伝を聞いていると、考えることができなくなってしまうからだった。  さっきよく訊いてみるとこのPHS電話も含めて携帯電話のほとんどの機種は、実家のある大島では使えないことも判った。  隣村までは電波が届くのに、ぼくの家には、どうしても届かないという。  ヘンピなところだとは思っていたが、図で示されるとくやしくなった。  さらにこの一円の電話機を買う90%が高校生だというのも気に入らない。
  どうしようかと考えて、この電話機だけを一円で買うことができないかどうか訊いてみることにした。  雨の中を再び戻ると、若い男はさっきと同じように何を見るでもなく無表情な顔をしてつっ立っている。
「あの、これ、一円払えば今日から使えるんですよね?」
「ええ、契約書を書いて頂いて、30分くらいお待ち頂ければ、その間に電話番号が決まりますから」
「あの・・・・・・加入料金払わないでっていうのはダメですか?」
と開き直って訊いてみた。
「ハ?」
「だから、一円でこの電話機だけ買うことはできませんか?」
「買ってどうするんですか?」
男は怪訝そうな顔をして云った。
「子供のおもちゃに一円で買いたいんです」
「いやァ、それは・・・・・・。  それは・・・・・・少しお待ち下さい」
  男はそう言って店の奥に聞きにいった。  むこうで上司らしき男とこちらをチラチラ見ながら話している。
「お客さんすみませんが、やはり加入して七千二百円を払って頂かないと、この電話機はお売りできないんですね。  ただ、加入料金は後日お支払い頂くことになりますので、今日は一円のみ頂くことになるんですが・・・・・・」
  仕方なく加入申込用紙に書き込んで、お金を払うためにこの用紙を地下一階に持っていった。
電話機の入った箱が、目の前のカウンターに置かれた。
「では、一円でございます」
レジの女の子に財布から一円を出して手渡した。  バーコードでこの電話機のコードを読み取ると、レジに『1円』という数字がピッと表示され、その文字がレシートになってでてきた。
「領収書を・・・・・・」
と云うと、そのレシートを領収書と印刷された用紙に糊つけして手渡してくれた。
  きっかり三十分後に電話機の入った大きめの箱を受け取った。  さっそく池袋駅の地下の喫茶店に入って箱をあけて電話機を取り出した。  スイッチを入れるとピーッという音がして、周りの人が一斉にこっちをふり向いた。  なんだかドキドキする。
  スイッチを押し、自宅に電話をしてみたけれども、何回かけてもかからない。  説明書を見ると『地下や建物の中では使えないことがあります』と書いてある。  乗物に乗って移動しているときも使えないらしい。  どの程度なら使えるのか、もう一度ビックカメラに戻ってあの無表情男に訊いてみた。
「足で走る早さなら大丈夫でしょう」という。
  そこで公衆電話の受話器を取り十円玉を入れて、この『PHS電話』の電話番号を廻した。  受話器をダランとさげて、池袋駅北口の通りを全速力で走った。  握り締めている『PHS電話」は、ちっとも鳴らない。
  走りつかれで街のはずれで立ち止まると、そこで初めて電話が鳴った。  アンテナを伸ばしてスイッチを入れると、あの公衆電話の前を通り過ぎてゆく女の子同士の話し声や足早に歩くヒールの靴音が手に取るように聞こえてくる。
  立ち止まったままその音を聞いていると、しばらくして突然音は途切れてしまった。
  半日ワクワクしていろいろな場所から電話を掛けてみたけれど、ぼくにはあまり必要ないので、翌日、ユウ・米山に処分してもらうべくこの電話機を手渡した。
  後日、彼女にあの電話機がどうなったか訊いてみると
「まだ使っています」
とはにかみながら云っていた。  やっぱりちゃんと使える電話機が一円で売っていたのである。


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