初出:日経BP社、日経アーキテクチュア

5.下屋のヒミツ

コルビュジエを引き合いに「清浄+水平=精神性」の公式を解説。
やめてよかった「溶岩砂入り漆喰」。










・・本設計最初のスケッチ(98年7月1日)。
土マンジュウの形を直線に置きかえようとしている・・








・・引きつづくスケッチ(7月2日)。プランの検討が始まっている・・








・・三番目のスケッチ。
左右の工場,バックの三原山が描かれ,全体の光景をチェック・・

 やっと,本設計に着手できる。労働軽減のための設備投資にさほどお金はかからないことが明らかになったのだ。
 蒸し終えた原料の麦を発酵槽まで運ぶための機械化の検討を,大嶋君がしてみたところ,性能のいい醸造用ポンプとチューブがある。値も高くはない。これを導入すればいい,と考えたのだが,結果的にはダメだった。大きな工場ならともかく,一人親方では冬の醸造期間中も,毎日毎日昼も夜も連続的に麦を蒸して送ることはできず,どうしても徹夜の後に一休みが入るわけだが,その時,ポンプとチューブの中をきれいに洗っておかないといけない。おこたると,どっかの会社の“低脂肪乳”みたいになりかねない。それがけっこうめんどう。
 労働問題が解決したのは,一人,若い働き手が現れたからだった。大島で自然塩を作る工場で働いていた東京出身の若者が,詳しい事情は知らないが,自然塩作りに“ウソ”を感じて,焼酎作りに転じて来たのだという。
 自然農法や昔ながらの手作り製造業に関心を持つ若者が急増しているのはありがたいが,それはそれで本質的問題をはらんでいるわけで,ことはやさしくない。谷口氏の焼酎製造がはたして自然塩作りと同じウソを持たないとはかぎらないから,いずれまた出ていってしまうかもしれないが,とりあえず労働問題は先送り。しかし,谷口氏の腰痛は今年の仕事明けにもまたぶり返したから,いずれ,何らかの設備投資は必至だろう。

 大嶋君から「設備投資当面不要,新築計画優先に決した」と電話を受けて,本設計はスタートした。
 まず,配置の大筋をどうするか。前庭をはさんで左右に立つ発酵と貯蔵の二つの工場は手を付けないのは前提条件。とすると,両工場をつないで前庭の奥に建つ平屋のバラックを壊してそこに新築するのは,誰が考えてもそうなる。配置の大筋はすぐ決まった。前庭の突き当たりの空間に,事務,商品展示,書斎,ビン詰め,出荷,アシタバ漬け製造コーナー,便所,シャワー室(作業後のため)を納めればいい。そうむずかしい平面計画ではない。なぜなら,作業のバックアップ的機能と,建築的美しさを求める機能の二つに分かれるからだ。谷口氏の書斎,展示,夫人の事務,この三機能は一まとめにして美しいなかに納めよう。ビン詰め,出荷,アシタバ漬け,便所,シャワー室,は実用一点張りでいい。
 ここで唐突に出現したアシタバ漬けについて一言述べる。谷口酒造では春から秋にかけてのヒマな時,島のオバサンたち数人を使って大島特産のアシタバの漬物を作って売っている。焼酎をのぞいてツバキとクサヤとアシタバが伊豆大島の三大特産と谷口氏は主張するけれど,私の個人的見解では,ツバキとクサヤだけにしといた方がいいように思っている。“ツバキの大島”のイメージはとてもいい。だからツバキ城の名にした。“ツバキとクサヤの大島”になるとクサヤの語感のせいでちょっと下がるがマアなんとか品格は保っている。ところが,“ツバキとクサヤとアシタバの大島”になると,なんだかタンパク質発酵の強烈なニオイと漬物くささに包まれた島みたいで……。
 大島では,オカズにクサヤが一匹付き,その周囲をアシタバ漬けが飾る,のが標準的な子供の弁当の姿だそうだが,それはマズイと思う。アシタバは,キュウリやナスやナッパなんかとちがい,野菜というより,背の高い雑草というかバナナの葉みたいで,わざわざ商品にするようなもんじゃないのではあるまいか。一度,自宅の庭に植えてみたが,どんな雑草にも負けないその生長ぶりを毎日みてると,食欲はなくなる。いくら,谷口酒造の経営にとって今や不可欠のアシタバ漬けでも。せめてイメージ上だけはツバキ城には入ってないようにしないと。

 98年の7月1日,本チャン一発目のスケッチをした。そして,翌2日,4日,10日,と断続的につづけてスケッチしてるが,初日のとたいして変わらない。
 中央に二層の中心棟をデンと据え,左右に平屋を伸ばす。中の機能の振り分けも外観から一目瞭然で,中心棟には美を求める事務,展示,書斎を入れ,左右には実用中心の作業,便所,シャワー室を振り分ける。
 外観上も平面上もごく分かりやすい計画で,もうちょっと何とかならんか,とわれながら思わないでもない。たとえば,伊東豊雄なら,まず真ん中に搭状の出っ張りを据えるようなことはせず,シャープで薄くて流れるような屋根を水平にサッと引き渡すだけにするだろう。安藤忠雄なら,打放しの無口な壁を住吉の長屋みたいに立てるかもしれない。石山修武は搭状に盛り上げるにしても左右対称だけはしない。
 この,雪ダルマがバケツの帽子をかぶって手にホーキを持つような姿は,谷口氏から話があって現場を見ずに描いた最初のスケッチから来ている。その時のスケッチでは,中央棟は土マンジュウ状にふっくらと盛り上がり,平屋の屋根は一方にだけ伸びていて,オープンなベランダ状になっていた。ふっくらをやめて四角状にし,そこから左右に平屋を出し,左手で貯蔵場に,右手で発酵場につなごうというのである。
 どうしてこういう形にならなければならないのか。さっき試しに頭のなかで,伊東,安藤,石山の三人になってみてスケッチしたが,こういう姿にはならなかった。さらに山本理顕や重村力で試してみても,事情は好転しないだろう。同世代の誰からもなんとも孤立してしまっている。私の作品が建築雑誌に載ると,そのページだけ雑誌全体の視覚的流れのなかで浮くというか沈むというか,異物感が発生してしまい,編集者はけっこう気苦労だそうだが,それは,表面にタンポポやニラや一本松が生えてるからだけじゃなくて,全体の形のとり方がちょっとズレてるのである。
 ズレは,前々回述べたように,土マンジュウ的なこんもりした形を好むことから発生している。現代建築のシャープでクールな形からはほど遠い。と,これまで考えてきたのだが,文章を書きながら,あらためて過去の仕事を振り返ってみて,今,気づいたのだが,どうもそれだけじゃない。処女作の神長官守矢史料館にはじまり,タンポポ・ハウス,ニラ・ハウス,そして秋野不矩美術館も基本的な考え方はそうなのだが,土マンジュウ的なかたまりをドンと据えただけでは不十分で,きまって下屋(げや)的な部分を張り出している。
 かたまり+下屋
 これが実は私の好みのようなのである。

 かたまり的な形だけでやればどうなるか。コルビュジエのロンシャンや白井晟一の仕事なんかそういえるわけだが,見るぶんにはともかく,自分ではやる気はない。どうしてだろう。
 あまりに彫刻的だから,ということが一つある。絵や彫刻のように,造形だけで勝負できるほどの自在な能力に恵まれていないということもあるが,けっしてそれだけじゃない。彫刻と建築には基本的な差があって,建築には,造形の前提として,内部と構造がある。人が中に入ってあれこれ活動できるよう作らないといけない。内部と構造の存在が,建築の造形の自由度を限定するのだが,この制限する力,引っぱり返す力が,実は建築の造形の魅力なのだ。
 話がそれて行きそうだがつづける。ガウディと岡本太郎やフンデルトワッサーはどこがちがうか。ガウディはどう見たって彫刻みたいな建築を作り,岡本太郎とフンデルトワッサーも自由な造形の建物を作った。はじめて岡本太郎作のマミフラワー会館(1968年)という建物を品川の辺りで見た時,コレハチガウ,ゼッタイ建築ジャナイ,と確信したのだが,そして同じ確信を後にフンデルトワッサーのウィーンの仕事に対しても持ったのだが,ガウディとの差をうまく説明できなかった。しかし後に鈴木博之からガウディの建築が建築であることの上手な説明をしてもらって目のウロコが落ちた。
 カサ・ミラは内外ともクネクネした彫刻的作りになっていてそこにばかり目がいくが,視線を足許に下ろし,階段のところに注目すると,作りは一直線,蹴上げも巾も長さも一定,そして階段の側壁や天井はあっさり仕上げている。彫刻化は踊り場ではやっても階段本体ではしていない。理由は,階段の上り下りは人に不安定な動きを強いるから,そういうところの作りは機能主義的でなければならない。
 ガウディが構造実験を繰り返したことはよく知られているが,平面計画においても,人が内部を使うことをしっかり押さえていた。そこんところが,建築家と建築好きの彫刻家・画家とのちがい。
 建築を彫刻から分けているのは平面(内部)と構造の存在なのだが,彫刻・絵画出身者の建物にも当然それはある。ないと建たない。もっと正確にいうと,平面,構造のセンスを持った造形をしてるかどうかが境界線なのである。岡本太郎とフンデルトワッサーは境界線の向こう側の人だったし,白井晟一は線上もしくはギリギリこっち側。同世代では高松伸や渡辺豊和もそう。
 彫刻的表現を好む建築家たちは,目の前の一線を強く意識しながら造形能力の翼を伸ばしているはずだが,どうも私の場合,下屋が重要な働きをしている。彫刻的表現に自分は不向きだが,しかし彫刻化しやすい土マンジュウ的かたまり的表現を中心に据えるわけで,それを建築に引き戻すため下屋を付けている,そういうことじゃあるまいか。

 では,どうして下屋が彫刻を建築に引き戻す働きをしてくれるのか。書きながら考える。
 まず,下屋のような造形は建築にしかないということがある。いかにも実用的で,その軒下で工作なり,荷造りなりするのが似合う。手を休めて,しばらくボーと外を眺めるのも似合う。外から眺めているだけで何か作業をしたくなるような作りは下屋だけだろう。似たようなものに渡り廊下があって,あれも見てるだけで歩行を喚起されずにはおかない。
 歩くとか作業とか,美とはひとまず切れた機能のための場が建築にはある。むずかしくいうと,
 身体性を喚起する場
 ガウディの階段はもしかしたらそういう場だったんじゃないか。
 左右の下屋が身体性を喚起する,とするなら,中央のかたまりは精神性を喚起するということになろう。そうした任務分担する,かたまり+下屋のコンビにおいて,下屋の造形的な特徴はどこにあるんだろうか。かたまりより一段低いところより張り出すのはもちろんとして,かたまりにはない開放性とか軽さを旨とする。もし,かたまりが鉄筋コンクリート造なら,下屋は木造で板張り。
 そしてなにより下屋の造形で重要なのは,屋根の表現をとること。陸屋根にして壁を強調してはいけない。あくまでかたまりが中心で,その周りに低く伏せるように配するのがポイント。周りに,広く,低く,この三つを下屋が満たすと,中央のかたまりは,下屋の中からヌウと頭が突き出す。しかし突き出しすぎて塔にしてはいけない。古墳が大地からヌウと盛り上がるように,上の方の一部だけ突き出しているような感じにしたい。
 かたまり+下屋,のプロポーションについては,ズングリムックリを旨とする。ヨーロッパの教会のように垂直性を強調するのは絶対に避けなければならないし,日本の数寄屋のような水平展開もまずい。伝統的建築でいうと,石垣の上に立つ天守閣のように,屋根を重ねつつ,段々に縮小しつつ,上昇してゆくのがいい。
 石でも土でも積み上げるにつれ,しだいに崩れ,左右に広がってゆくが,ああいうのよりもう少しだけ垂直性を強くして,人為的に盛り上げた感じ。
 私は,建築の設計において,さほどプロポーションや寸法体系は重視しない。全体から隅々までプロポーションを詰め切った建築の息苦しさは好きではない。どっかにヘンなところ,破綻したところが内包されていないと,タージマハールや金閣寺みたいに退屈になる,とさえ考えている。全体を垂直でも水平でもなくズングリムックリに,これだけは注意している。
 しかし,7月1日からの最初のスケッチ群を眺めてみると,かたまり+下屋,の構成は守っているものの,全体のズングリムックリ性,下屋の三要素(周りに,広く,低く)については明らかに不十分だ。これらについては引きつづくエスキースのなかで改良されるから,心配ご無用。